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上質な時の流れ

.17 2013 シニア日記 comment(2) trackback(0)
この数日の暖かさでで白モクレンの花が一挙にほころびました。

130315花-2

この花が満開になると、樹木全体が柔らかな白一色に包まれ、白無垢の花嫁衣装を見るようです。

でも美しいのはほんの一瞬で、盛りを過ぎた花は、あっという間に地に落ちて、茶色いシミに覆われた無残な姿に変ります。

小野小町が

花の色はうつりにけりないたずらに 
わが身世にふるながめせしまに

と詠った花は桜のようですが、桜なら散った花にも風情があります。白モクレンでは小町さんもこんな詠嘆している余裕なかったでしょうナ。



祗園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色
盛者必衰の理をあらはす

と平家物語の冒頭にあるように、花に寄せて人生や世の移ろいに思いをはせることは多いようです。



一方で、花を比喩的にとらえるのではなくて、自然の一部としてそのまま受け入れる世界もあります。

辰濃和男さんの「文章の書き方」(岩波新書)の中でよい文章を書くには感覚を磨けと説いています。視覚や聴覚など五覚と合わせて、自然に対する感覚も大切だとして、森鷗外の「沙羅(さら)の木」という詩を例に取り上げています。

褐色(かちいろ)の根府川石(ねぶかわいし)に
白き花はたと落ちたり、
ありとしも青葉がくれに
見えざりしさらの木の花。

自然をまるごと受け入れる感覚とはこういうものなのかと思います。
 褐色(かちいろ)とは搗色とも書き、黒く見えるほど濃い藍色のことです。ここにはその褐色の石と白い花の対比があります。見える緑と見えない花の対照の妙があります。鷗外はたぶん、どこかに坐って、長い間、みずからをその風景の一部にとけこませていたのでしょう。
 音がしたのか、しなかったのか、ふわりと花が落ちる。花びらに縮み模様の入った沙羅の木の花が首ごと落ちる。硬い石の表面にやわらかな花が落ちる。石は雨に濡れているのかもわかりませんが、濡れていてもいいし、濡れていなくてもいい、鷗外が見ているのは、硬くて重いものが、やわらくて軽いものを抱きとめている姿です。
 落ちた花が石とふれあうときの音のない音を鷗外は聞いている。その目は、緑と白と褐色(かちいろ)を見ている。その皮膚は石の硬さと冷たさを感じ、花びらのなめらかさを感じている。難しい理屈はありません。作者の全感覚は全体自然を感じとっているのです。心は閑(しずか)です。このひととき、鷗外はもっとも上質な時の流れの中に生きているのです。



フーム、上質な時の流れ、か・・・。午後のひととき、日の当たる庭でも眺めながらそういう時間を味わってみましょう。

イビキかいてますヨ

chisoku
おじゃまします  シニアナビからです
拝読させて頂きました。 お陰さまで、久しぶりに心が清涼感で満たされた思いです。
今後は、『上質な時の流れ』を意識して、周囲にある事象に目を凝らして観察し、なにげない事にも喜びが感じれる様、、毎日を大切に過ごして参りたいと思いました。

大変有り難う御座いました。
2013.03.17 12:21
ココパパ
chisokuさんへ

chisokuさんのブログを拝見させて頂きました。シニアライフのお手本のようなお暮らしぶりに感銘いたしました。まさにこの「上質な時の流れ」の中に身をゆだねておられる様子が伝わります。
そろそろ人生のカウントダウンが意識される年齢になり、残りの人生の過ごし方を見つめ直したいと思う今日この頃です。
2013.03.17 18:20

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