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スモールワールド

.01 2010 シニア日記 comment(2) trackback(0)
100201花


昭和30年代の半ば、下北沢の我が家にはアメリカから日本語を学ぶ学生がやってきては逗留していた。1年ぐらいで入れ替わり、その他に1週間くらいの短期の外人旅行者も頻繁に滞在した。そんな外人宿みたいな状態が10年以上は続いた。
お陰で外人慣れはしたが、日本語でも話が通じるので(短期旅行者のときはアメリカの学生が間に入ってくれた)、英語の勉強にはほとんど役に立たなかった。

たまごちゃん、まだかな~
(ココの写真は記事とは無関係:念のため)

キャシーはそういうアメリカの学生の一人で、我が家を出てからも日本で勉強を続け、そのうちに米国企業の日本駐在員だったウベ・アイクマンという米国男性と結婚した。ウベは流暢な日本語をしゃべり、顔を見なければ日本人と区別がつかない位日本語がうまかった。二人は新婚生活を東京の大田区で始め、ボクもおかーさんと一緒に遊びに行ったことがあった。

100201-3.jpg



そのキャシーから地元ニューオールバニーの新聞記事が送られてきた。


ウベは定年退職したあと、キャシーの故郷のニューオールバニー(アメリカの中東部)という田舎町で隠居生活を送っていた。退屈しのぎに顔を出すようになったこの町の老人クラブで、ヴィック・マネジェティという10才ほど年上の老人と近づきになった。


ヴィックとウベ(現在)

ヴィック(左)とウベ(右)

この二人が昔話をしているうちに、「お、君はあの時の・・・・」と若かりし頃にお互いに遭っていたことが判明。昭和45年(1970)、ヴィックが日本に1週間ほど滞在したときに東京案内をしてくれたのが、ウベとキャシーだったのだ。

その後ヴィックが持ってきた写真には、ヴィックが滞在していた家の前に立つ二人が写っていた。

ヴィックとウベ(昔)

ヴィック(左)とウベ(右)

こんな[「世間は狭い」というストーリーの記事だけど、40年近くの年月を経て再開した二人。なるほど、これでは外見からでは初対面と思っても不思議ではない。

100201-6.jpg


ところでヴィックが東京で泊っていた家は、下北沢の我が家だった。恐らく、キャシーがヴィックにウチを紹介したのだろう。ボクは結婚して下北沢には住んでいなかったから、ヴィックとは会っていない(と思う)。いや、ひょっとしたら実家に遊びに行ったときに顔を合わせたかも知れない。


夕食に日経の土曜版に出ていた「ステーキ丼」を作ってみた。ベターホーム協会のレシピだが、簡単に美味しく作れるものが多い。

100131ステーキ丼


tinkerbell
ヴィックさんは何となく面影がありますが
ウベさんは随分と恰幅がよくなられたようで・・・
ココパパさんの家はホストファミリーされていたんですね。
私の祖父宅でも昔、留学生がホームステイしてました。
こちらは あまり日本語が上手ではありませんでしたが。

ベターホーム協会!懐かしいです。
実は仕事帰りに通っていたことがあるんです。
特に中華料理コースの先生はとても楽しい方でした。

2010.02.02 20:31
ココパパ
東京でホームステイ協会が創設されたときに協力することになったのですが、協会の責任者とイザコザがあって独立して海外留学生の面倒を見ていました。ご近所にも声をかけて3軒位にいつも外人が居付いていました。昭和40年前後でしたから、まだ外人も珍しい頃ですね。

ベターホーム協会のお料理は何となくとっつきやすいので、おかーさんが新聞のレシピを切り抜いて、色々作ってくれます。今やウチで登場回数第一位の感があります。
2010.02.02 22:00

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