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最後に残る欲望は・・・

.06 2009 シニア日記 comment(0) trackback(0)
人間、齢(よわい)を重ねてくると悟りのようなものに到達することがある。

エエカッコシ~

「結局は、こういうもんなんだな」と悟るのである。

最近悟ったのは、
「最後に残る欲望は食欲である」ということ。

ナンカ食べるもの
(ココは若いくせに食欲のみである)

若いうちは、「あれもしたい、これもしたい、ああなりたい、こうなりたい」と欲望の権化であったが、人生そんな甘いものではない。

マダ~!

経験を重ねる度に壁にぶち当たり、跳ね返され、人生の厳しさを思い知らされてきた。
たとえば、
車の運転が上手にできるようになりたい、と思っていたが、いまだに自分で運転していて車に酔う。(ひょっとすると、乗り物酔いするたちなのかも知れない)
ゴルフは100を切りたいと努力したが、今は120を切ることを目指している。

ナニ言ってんだか


さりとて、人生を悲観しているわけでもない。「万事塞翁が馬」と考えればくよくよすることもない。コップの水が半分になったら、「もう半分しかない」と思わないで、「まだ半分ある」と思えば良い。


株価が半分に



しかし、だからといって何事も我慢して欲望を抑えれば良いというわけではない。
欲が無ければ人間、自分を磨いて向上する気にもならない。企業も人間の欲望を満たすことで利益をあげようとする。人々がより良いものを求めるから製品もどんどん改良されていく。人間社会の発展の原動力は欲望だと言ってもよい。

さて、人間の欲望には五段階あるとアメリカの心理学者、マズロー(スシローではない)が言った。


マズロー

人間の欲望(欲求)は,五段階のピラミッドのようになっていて,底辺から始まって,一段階目の欲求が満たされると,一段階上の欲求を志すという説だ。

親和の欲求とは社会的欲求ともいわれ,他人と関わりたい,他者と同じようにしたいなどの集団帰属の欲求で,自我の欲求とは,自分が集団から価値ある存在と認められ,尊敬されることを求める認知欲求のこと,そして,自己実現の欲求とは,自分の能力,可能性を発揮し,創造的活動や自己の成長を図りたいと思う欲求のこと

欲求が強ければ強いほど、切磋琢磨して努力して望みを達成しようとする。そこに個人・人類の進歩があるのである。
イチロー然り。 スシローまた然り。 片や米大リーグで名をなし、片や回転寿司で名をなしているのは涙ぐましい努力の結果である。

努力足りないんとちゃう?

とーさんだってちゃんと努力はしている。努力の方向が違うだけである。
「名をなそうと努力して失敗するよりも、名をなすまいと努力して成功する方が、威厳を損なわないですむ」という信念で努力しているのだ。
齢を重ねると、無駄な努力はしなくなるものである。

しかし幾つになっても我慢できないのが、食欲である。それも、美味しいものを食べたいという欲求。マズローさんの欲求の五段階の中では一番根底にある根源的な欲求である。

人間、食べられなくなったらおしまいである。父親は90才になっても食欲旺盛だった。ステーキとか鰻の蒲焼とか天ぷらなどコッテリしたものが好きで、食べる量もボクよりもずっと多かった。だから長生きしたのだろう。

しかし、息が出来なくなってもおしまいだろう、とイチャモンをつける人がいるかも知れない。
そういう人にはこう答えている。「あなた、普段から息をしたいなー、なんて思ってるの? 溺れている時とか、首を絞められている時とか、特殊な場合でなければ『あー、息をしたいな~』なんて思わないんじゃないの?」


く、く、くるちい


すなわち、呼吸というのは欲求の範疇には通常入らないのである。
マズローさんだって、呼吸の欲求は勘定に入れていなかった筈である。

だから言う。

「最後に残る欲望は食欲である」と。


食べる話多いもんネ


他の欲望が減ってきたということか・・・・・

食い気のみ残りにけりないたずらに
   わが身世にふるながめせしまに

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