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「高橋まゆみ人形館」と「サンクゼール」

.30 2011 シニア日記 comment(4) trackback(0)
6月のある日、

軽井沢でお隣に住むSご夫妻が、長野県飯山市にある人形館に行こうと誘って下さる。高橋まゆみという人形作家の人形館で、前から見に行きたいと思っていたのだそうだ。ともかく、一見の価値のある人形作品だと言う。


その近くにある飯綱町に「サンクゼール」というレストランがあって、大変美味しい料理を出すからそこでランチをと言うので、食い気の方に魅かれてお言葉に甘える。

さて、そのサンクゼールというお店、

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お店はすこぶる付きの不便な場所にあるが、超人気店なので、予約しないと席がないことがあるとのこと。

少しお昼には早い時間に着いたので、まだ席は埋まっていなかったがこの日も予約で満席だということだ。

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丘の中腹から北信濃の田園が一望出来て、この眺望もごちそうのひとつ。

前菜はおかーさんが鶏肉と卵の野菜サラダ、ボクは金目鯛の野菜サラダを取り、二人でシェアーする。

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この後、冷製スープが出て、地産の豚と鶏肉のメインディッシュを二人でシェアー。

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食後はデザートにコーヒー。

いずれも材料選びに気を配り、調理に心をこめているから、目も舌も大満足である。

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このレストランにはチャペルも付属していて、結婚式も挙げられるが、如何にせん遠すぎる。

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満ち足りたお腹をさすりながら、飯山市の高橋まゆみ人形館へ向かう。

館内は撮影禁止なので作品集の本から作品の一部を紹介する。

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日本人の心の原風景がそこにあった。心の奥底に眠っていた遠い昔の思い出。優しいお爺ちゃん、お婆ちゃんがいたなぁ。

人形達の表情、仕草、風情が想像力を掻き立てる。ある瞬間を切り取った情景なのであるが、その前と後の物語をあれこれと想像したくなるのである。

不思議な高橋まゆみの世界にどっぷりとつかることの出来た人形館であった。

秋には新しい作品を展示すると言うことなので、是非また訪れてみたい。
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若返り

.24 2011 シニア日記 comment(0) trackback(0)
東京で連日30℃を越える猛暑。熊谷は39.8℃を記録。

110623花

今日はココをトリミングに連れて行く。

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もうすぐ5歳になるというのに、すっかり若返って・・・。


おかーさんは美容院


おと~さんは床屋さん


一家総出で髪を刈る。

しかし人間はココのように若返ることはなかった。


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人間が犬のペットになって3千年も飼いならされれば、逆になるかもしれない・・・

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集団ヒステリー、結構じゃないですか・・・・

.16 2011 シニア日記 comment(2) trackback(0)
花a


イタリアの国民投票で原発再開に反対する票が94%を越え原発廃絶が決まった。


ドイツ、スイスも既に原発から撤退を決めている。


それに較べると、原発の大事故を起こしたというのに、日本では反原発の声は弱々しい。

2011年6月11日21時15分 読売新聞

 東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所の事故から3か月となった11日、原発に反対するデモやイベントが全国各地で行われた。

 東電柏崎刈羽原発がある新潟県では、市民団体などで構成する実行委員会がデモを企画。約200人の参加者は「柏崎刈羽原発を止めろ」などと声をあげながら行進した。東京・代々木公園では、地震発生の時間に合わせて黙とうした参加者が、渋谷、原宿駅周辺で、脱原発や自然エネルギーへの転換などを訴えてパレード。夜には新宿駅前で原発反対集会も開かれた。



一方、自民党の石原幹事長は、福島第1原発事故後の反原発の動きについて「集団ヒステリー状態」とのたまってくれた。

反原発、「集団ヒステリー」=石原自民幹事長
時事通信 6月14日(火)13時8分配信

 自民党の石原伸晃幹事長は14日の記者会見で、福島第1原発事故後の反原発の動きについて「あれだけ大きな事故があったので、集団ヒステリー状態になるのは心情としては分かる」と述べた。表現が不適切との批判も出そうだ。
 石原氏は、代替エネルギー確保や製造業への影響など原発を止めた場合の課題を挙げて「『原発推進なのか、反対なのか』という問いがあるが、簡単な話ではない」とも語った。


花b


「難しい問題だから、慎重に議論を尽くして」という考え方もあるが、日本人は他に選択の余地がないと分かれば必死で解決策を考え、なんとか凌ぐ工夫をするものである。
戦後対ドル交換レートを360円に固定してきた日本が、1973年に変動制相場に移行した時には、日本中が悲鳴を上げた。その後1ドル200円を割り日本経済は全滅するのではと騒ぎ、150円、100円、80円と円高が進むたびに悲鳴を上げながら、対応してきた。
戦後の復興、阪神・淡路大震災からの復興を見ても、目標がはっきり決まれば、国を挙げて対応する。政府も民間も官僚組織も一般庶民も、一丸となって困難を乗り越えようとする国民性がある。

そう考えると、いっそのこと本物の集団ヒステリーを起して、来年の5月までにすべての原発を停止に追い込む方が、無駄な時間を費やさず、代替エネルギーへの転換に国の持てる力を集中できるのではないかと思う。

問題の先送りに逃げる政治には、もやは重大な意思決定は期待できない。

原発の経済性については今回の事故で大いに疑問符が付くし、地球温暖化の対策として原発が必須だとは決して思わない。CO2と放射能汚染リスクのどちらを採るかということならば、CO2の方がまだ対応策が考えられる。
放射能による環境汚染は何十年、何百年も生物の遺伝子を傷つけ染色体異常を引き起こすだろう。
原発事故は地震のような自然災害だけでなく、人為ミスでも重大な事故に結びつく。スリーマイル島の事故もチェルノブイリの事故も人為ミスが原因だ。その意味で人間が操る以上、原発が絶対安全になるということはないのだ。

日本の未来のためにも、世界の未来のためにも、日本は再生可能エネルギーによる発電技術と省エネ技術の開発に総力を挙げて取り組むべきではないか。
大きな変革は苦痛を伴うものである。これからの数年、原発抜きの社会に対応するように死に物狂いで立ち向かう覚悟があれば、日本の未来が切り開かれると信ずる。さもないと失われた20年が更に10年、20年と続くような気がする。子どもたちには、誇りの持てる国を残してやりたい。


花c

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一定のメドがついたらって・・・

.03 2011 シニア日記 comment(0) trackback(0)
一定のメドがついたら、身を引くと菅さんは言う。

記者会見で「原発事故の一定のメドとは?」と聞かれて、

「放射性物質の放出がほぼなくなり、冷温停止という状態になる。そのことが原発事故の一定のメドだ」

とお答えになる。

冷温停止なら、来年の1月を目標に工程表を作っているけど、もっと遅れるかもしれない。

放射性物質がなくなるは?



フィンランドでは10万年後くらいがメドと考えてるみたい・・・。


フーッ!

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