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「ありがとういうて生きることが極楽やの」

.31 2013 読書 comment(0) trackback(0)
少し前に、「上質な時の流れ」という題で取り上げた「文章の書き方」(岩波新書)という本は、続編の「文章のみがき方」と並んでボクの大のお気に入りです。

著者の辰濃和男さんは朝日新聞のコラム「天声人語」を書いていた人です。

当然のことながら文章の達人です。

文章の書き方と言っても、文章術のようなテクニックではなく、書くときの心構え・心の姿勢について分かり易く説明してくれています。

読みやすいのはもちろん、文章を書く上でのヒントもたくさんあります。また、読みたくなるような本や作家の名前もたくさん出てきます。

でも、この本がボクを惹きつける理由は、人生をどう生きるかということを考えさせられる点にあります。


こんな一節があります。

百七歳まで生きた清水寺貫主の大西良慶がふと「ありがとういうて生きることが極楽やの」とつぶやきます。
この言葉には、何もつけくわえることはありません。不満たらたらの百年も百年だし、感謝感謝の百年も百年です。どうせなら極楽の百年を生きたい。ありがとう、ありがとうという思いで日を送れば、まわりの空気はなごやかなものになる。そういう教えです。少しも難しいところがない。



とても出来そうもありませんが、少しでも近づきたいなぁと思うこの頃です。

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ハイ、ココにも感謝感謝です。
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上質な時の流れ

.17 2013 読書 comment(2) trackback(0)
この数日の暖かさでで白モクレンの花が一挙にほころびました。

130315花-2

この花が満開になると、樹木全体が柔らかな白一色に包まれ、白無垢の花嫁衣装を見るようです。

でも美しいのはほんの一瞬で、盛りを過ぎた花は、あっという間に地に落ちて、茶色いシミに覆われた無残な姿に変ります。

小野小町が

花の色はうつりにけりないたずらに 
わが身世にふるながめせしまに

と詠った花は桜のようですが、桜なら散った花にも風情があります。白モクレンでは小町さんもこんな詠嘆している余裕なかったでしょうナ。



祗園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色
盛者必衰の理をあらはす

と平家物語の冒頭にあるように、花に寄せて人生や世の移ろいに思いをはせることは多いようです。



一方で、花を比喩的にとらえるのではなくて、自然の一部としてそのまま受け入れる世界もあります。

辰濃和男さんの「文章の書き方」(岩波新書)の中でよい文章を書くには感覚を磨けと説いています。視覚や聴覚など五覚と合わせて、自然に対する感覚も大切だとして、森鷗外の「沙羅(さら)の木」という詩を例に取り上げています。

褐色(かちいろ)の根府川石(ねぶかわいし)に
白き花はたと落ちたり、
ありとしも青葉がくれに
見えざりしさらの木の花。

自然をまるごと受け入れる感覚とはこういうものなのかと思います。
 褐色(かちいろ)とは搗色とも書き、黒く見えるほど濃い藍色のことです。ここにはその褐色の石と白い花の対比があります。見える緑と見えない花の対照の妙があります。鷗外はたぶん、どこかに坐って、長い間、みずからをその風景の一部にとけこませていたのでしょう。
 音がしたのか、しなかったのか、ふわりと花が落ちる。花びらに縮み模様の入った沙羅の木の花が首ごと落ちる。硬い石の表面にやわらかな花が落ちる。石は雨に濡れているのかもわかりませんが、濡れていてもいいし、濡れていなくてもいい、鷗外が見ているのは、硬くて重いものが、やわらくて軽いものを抱きとめている姿です。
 落ちた花が石とふれあうときの音のない音を鷗外は聞いている。その目は、緑と白と褐色(かちいろ)を見ている。その皮膚は石の硬さと冷たさを感じ、花びらのなめらかさを感じている。難しい理屈はありません。作者の全感覚は全体自然を感じとっているのです。心は閑(しずか)です。このひととき、鷗外はもっとも上質な時の流れの中に生きているのです。



フーム、上質な時の流れ、か・・・。午後のひととき、日の当たる庭でも眺めながらそういう時間を味わってみましょう。

イビキかいてますヨ

散歩ー現場ー人生

.07 2010 読書 comment(4) trackback(0)
7月5日(日)

予報では雨だといっても、なかなか降らない軽井沢の天気。別に降ってもらいたいワケではない。むしろ雨の予報が外れると、チョッピリ得した気分にもなる。

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ココのお散歩おねだり顔に負けて、カメラをぶらさげておかーさんと外へ出る。

100705花-1

裏の林から「ケーン、ケーン」という鳴き声が聞こえてくる。お隣のSさんの話では、キジのつがいが林の中に住んでいるそうだ。多分その声だろう。写真に撮りたいが、なかなか姿を現さない。

キジの羽根?

足元に落ちているこの羽根はそのキジのものなのだろうか?


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国道18号線の側道をブラブラ歩くが、車の抜け道になっていて車の往来がけっこうある。

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危ないのでおかーさんがココを抱いて先に行くが、おとーさん子のココは振り返り振りかえり後ろについてくるか確かめる。


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車の多い抜け道から静かな脇道に入る。ウグイスのホーホケキョと鳴く声、カッコウのカッコーカッコーという声が遠くの方から聞こえてくる。人の気配を感じたのか、畑から一斉に飛び立つ鳥の群れ。スズメより大きい黒っぽい鳥だ。

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「歩くことは大地という書籍を読むことです」と、朝日新聞の天声人語を書いていた辰濃和男さんが著書「文章のみがき方」(岩波新書)の中で言っている。確かに歩いていると、目に見えるもの、耳に聞こえるもの、匂いなどが脳を刺激するのだろう、頭の中で色々な思考が駆け巡る。

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匂いは別にして、見たり聞いたりする情報はテレビやパソコンからでも得られるのだが、実物がナマで五感に入って来る情報というのは、脳に対する刺激が全く違うようだ。前者はバーチャルな情報で客観的に入って来るが、後者はリアルな体験として主観的に入って来る。


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辰濃和男さんは前述の著作の中で、文章をみがくための基本的なことのひとつとして、「現場感覚をきたえる」ことをあげている。

「自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分で匂いを感じて、自分で味わって・・・・そういう五感の営みをつづけることのできる場はみな現場です」

「散歩の途中に寄った公園も現場だし、はじめて訪ねた北国の街も現場です。電車のなかも、デパートの地下食品売り場も、野草の咲き競う山道も現場です。現場は、文章の無尽蔵の穀倉です」

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現場に出て行って、自分の五感を目いっぱい開いて感じ取るということは、文章を書くためだけでなく、人生を豊かにするという意味でもつくづく大切だと思う。
最近は時間のたつのが速く、アッという間に1年が過ぎ、5年が過ぎる。その間に起きたことで鮮明に覚えていることはホンのわずかだ。日頃バーチャルな世界にどっぷりと浸かっているせいなのかも知れない。生きてるってことはつまるところ、体験を通して自分で感じ取ることだ。

もっと外にでなくっちゃ!

ハーイ!

武田百合子が気になる

.27 2008 読書 comment(6) trackback(0)
相変わらず父を中心にした毎日。でも、まだ何とか均衡を保っている。
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泣くな、ココ。

再び、日記風に・・・・

2008年5月23日(金)

日経株価指数の騰落レシオが120を超える日が続いている。そろそろ反落しそうだ。
反落の目途は3月17日の安値11691円から5月16日高値14392円までの上げ幅2701円の3分の1押しで13492円、それを切ると2分の1押しの13042円くらいを考えておこう。
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夕食は牛肉のおろし丼。簡単手軽なので、我が家ではしばしば登場する。


牛肉のおろし丼


作り方は平野レミの「お料理しましょ」に出ていたもの。

レミお料理しましょ


この本は20年ほど前に出版されたものだけど、今でもまだ店頭に並んでいるのかしら・・・・・。
レミちゃんのそのままの口調が活字になっていて、読んでも楽しいし、何よりも作る意欲をかきたててくれる。

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今度レミちゃんにワンコ用のレシピを頼んでおくか・・・。


2008年5月24日(土)

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琴欧洲が初優勝した。大関まで順風満帆で昇進したが、大関になってからは怪我に泣かされて苦労してきた。好漢琴欧洲にもようやく春が来たようだ。

5月のバラでお祝いしてあげたい気持ちだ。

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5月25日(日)

0805朝青竜


朝青龍が白鵬との結びの一番で、勝負がついたあと土俵上でにらみ合う場面があり、また各方面から非難されている。確かに、朝青竜も悪いし白鵬も悪い。
気合いが入って、アドレナリンが沸騰しているような土俵上だから、勝負が終わったからとすぐには冷めきれないのだろう。朝青龍は白鵬のことを「まだ若いな」と言っていたようだが、そんなことを言う自分も「まだ若い」と見られていることを自覚しなければいけない。
モンゴルの野生の荒馬みたいな朝青龍、これからどう育っていくのか本人の自覚も大切だが、周囲の筋の通った指導で名馬として名を残してもらいものだ。


5月26日(月)

岡埜栄泉の豆大福


虎ノ門の病院へ行ったついでに、岡埜栄泉の豆大福を買う。
ボリュームたっぷりの美味い豆大福。かーさんと二人で満足満足。

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犬用は売っていなかった。

夕食はいさきの塩焼き。はし休めに「なすの田舎煮」

なすの田舎煮


見栄えは悪いけど、たっぷりと油を吸い込んだしょうゆ味のなすがご飯にぴったり。


5月27日(火)

今日は武田百合子没後15年のはず。

墨田の花火
(アジサイー墨田の花火)

アタシは全然知らない作家だったけど、当時は大変な人気作家だったらしい。今日のメディアではどこか取り上げているのかしら。
最近、この人のことが気になる。
以前読んだ辰濃和男の「文章のみがき方」(岩波新書)でも、武田百合子の文章を「肩の力を抜いた」文章のお手本として紹介していた。

何気なく読み始めた坪内祐三の「考える人」(新潮社)

考える人


この本でも、普通の人には見えないものでも見えてしまう「幻視の人」として紹介している。

代表作「富士日記」のなかの昭和42年の7月に愛犬「ポコ」の死を、こんな風に書いている。

7月18日。

ポコ死ぬ。六歳。庭に埋める。
もう、怖いことも、苦しいことも、水をのみたいことも、叱られることもない。魂が空へ昇るということが、もし本当なら、早く昇って楽におなり。
前十一時半東京を出る。とても暑かった。大箱根に車をとめて一休みする。ポコは死んでいた。空が真青で。冷たい牛乳二本私飲む。主人一本。すぐ車に乗って山の家へ。涙が出っ放しだ。前がよく見えなかった。

7月19日

ポコの残していったもの、籠と箱と櫛をダンロで焼く。土間におちているポコの毛をとって、それも焼く。何をしても涙が出る。
昨夜遅くなってから、よく寝入ったときのすすり上げるような寝息がひょっと聞えたように思ったが、それは気のせいだ。ポコ、早く土の中で腐っておしまい」

7月20日

いつもより暑かったのだ。一時間ごとにトランクから出してやる休み時間までが待てなかったのだ。ポコは籠の蓋を頭で押しあけて首を出した。車が揺れるたびに、無理に押しあけられた蓋はバネのようにポコの首を絞めつけた。ひっこめることができなかったんだねえ。小さな犬だからすぐ死んだんだ。薄赤い舌をほんのちょっと出して、水を一杯湛えたような黒いビー玉のような眼をあけたまま。よだれも流していない。不思議そうにものを視つめて首を傾げるときの顔つきをしていた。トランクを開けて犬をみたとき、私の頭の上の空が真青で、私はずっと忘れないだろうなあ。犬が死んでいるのをみつけたとき、空が真青で。
死んだのがかなしいのではない。いないのが淋しいのだ。そうじゃない。いないのが淋しいのじゃなく、むごい仕打で死なせたのが哀れなのだ。私はポコをいつも叱っていたが、ポコは私を叱ったり意地悪したりしなかった。朝起きた私にあうと、何年もあわなかった人のようになつかしがって迎えた。昼寝から覚めたときだってそうだった。いやだねぇ。

7月21日

犬が死んだから泣くのを、それを我慢しないこと。涙だけ出してしまうこと。口をあけたまま、はあはあと出してしまうこと。




こんな文章を読んだら、我慢できない。
さっそくネットで買い込んだ。

武田百合子1


なるほど、こんな目をしていたら見えないものでも見えるんだろうな・・・・・・。

武田百合子2


楽しみだなぁ~。





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ブックサーフィン(2)

.09 2008 読書 comment(3) trackback(0)
2008年4月9日(水)

読書のお話、前回は「文章のみがき方」から始まって、

坂口安吾の「堕落論」、そしてよしもとばななさんまででした。

よしもとばななさんの本はこれ。

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還暦をとうに過ぎたオジンが買うにはチト恥ずかしい

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そう、ココが大のファンなんです。(ウソ)



この本はばななさんが公式ホームページに公開している、

彼女の日記をを本にしたものです。

書き出しから・・・・・

”2001年5月10日

ヒロチンコ(夫)と二時間も卓球。扉の陰から見ている人影があるとふたりとも「スカウトマンだ・・・」とつぶやき、突然やる気を出すという遊びがはやる。ばかなふたり・・・・・・。それにしてもヒロチンコはあまりにも卓球がうまい。こんな卓球がうまい人といっしょに暮らすことになるとは思わなかった(普通みんな思わないだろうけど)。
使い込まれてラケットもぼろぼろだ。そしてその柄のところには「ボールをよく見ること」とかいろいろ試合中の自分をはげます言葉が書いてある。子供の時に書いたらしい。くくく。”


のっけからドギモを抜くじゃありませんか。

放送禁止用語ですぞ。

080409c.jpg


夫の愛称だから、しょうがないか・・・・・

いたる所に登場するダンナだから、

いちいち隠し文字で書いてたらかえって気になっちゃいますからネ。



閑話休題、

彼女、子供の時から書いて書いて書きまくっていたそうです。

口でしゃべるよりも文章の方が先に出てきてしまったような文体です。

最後の”くくく”なんて、うれしくなります。


それにしても、登場人物の多さにはびっくりします。

080409d.jpg


たとえば、

5月22日の日記では

 ”葉子ちゃんの誕生日は明日なのだがタヒチに行ってしまうので、ランチをRiva degli
Etruschiにて。いつもながら本当にイタリアにいるような気楽さ、おいしさ、そしてサービスもすばらしい。外の噴水に亀を飼っているところも好き。
 それから小雪ちゃんの展覧会に行く。いつもながら変わった絵だ。本当に変わった人だ。でもなんだかよかった。小雪ちゃんとも三年ぶりくらいに会った。美しく細く面白く、全然変わらない。
 偶然東京に来ているパリのムッシュ竹内と合流。”


とまあ、こんな具合でポンポン飛び込んできます。

ちなみに、最初の10ページに登場する人の名前と素性を紹介すると、

ヒロチンコ: ばななさんの夫。卓球がうまい。
中西さん: ばななさんと同じ歳(とし)でシャープで文学的。ばなな本をよく読みこむ。
今村さん: ばなな本を本がふたつに割れるまで読んだ人。
菊池くん: バイトの秘書?昔ジャリタレでマックのCMに登場。
澤さん:  なんでもできる旅の人。文章がすばらしい。
松家さん: 新潮社の人。ばななムックの打ち合わせをする。
今泉さん: 新潮社の人。松家さんといっしょに、ばななムックの打ち合わせをする。
慶子さん: 秘書。ばなな家の子猫ウィリアムにぞっこん。
しーちゃん: ベビーシッター(ペットのか?)の上手な人。
ちえ先生: 教え方がうまくてやさしいフルートの先生。
健ちゃん: 出版界一の大食い。
根本さん: 昔太っていた。「カロリーも味だ」という。
高山なおみさんのだんなさん: 糖尿病。「梅干しとバターをいっしょに食べるのが最高」なんてことをいった。
孝くん:  スペイン在住。お母様が急逝。
結子:   乳がでかい。水着屋で、買うとも言っていないのに「バストがあう水着はここには一着もない」といわれる。
りゅうちゃん: お店をやっている。十九歳のときより今の方がずっとかっこいい。





この本を読んでいると、友達の同窓会になんとなく付いて行って、

間違ったところに来ちゃったというような気持になります。

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ところで、この本、

よしもとばなな公式サイトを見れば、

買わなくたって同じような内容ならネット上で楽しめちゃいます。

まあ、通勤電車とか、寝床とか、トイレとかで読みたいという方は、

お買い求めになればよろしいんではないでせうか・・・・・




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ブックサーフィン

.02 2008 読書 comment(2) trackback(0)
2008年4月

本屋でふと目に入ったこの本。

DSC07921.jpg


著者は朝日新聞の「天声人語」を書いていた辰濃和夫さんという人。

ブログの文章を磨くつもりで買ったわけではないのですが、

080402a.jpg

まあ、そ~ゆう魂胆も無きにしも非ずでしたが、

まえがきを眺めて面白そうなのでツイ買ってしまいました。

さすが、「天声人語」で長年鍛えた筆さばきです。

分り易い文章でぐいぐい引っ張られて、一気に読み終えました。

目次と引用した作家を見ると、大体の内容がつかめると思いますので、以下に示します。
(真面目に読むと疲れますから、飛ばして読んで結構です。興味のある方はどうぞ)

080402b.jpg


「文章のみがき方」目次と引用した作家

I 基本的なことを、いくつか
  1 毎日 書く      (吉本ばなな、古井由吉)
  2 書き抜く       (鶴見俊輔、 酒井寛、 井上靖)
  3 繰り返し読む     (村上春樹、 ドロシー・バトラー、 谷崎潤一郎)
  4 乱読をたのしむ    (加藤周一、山本周五郎、 藤沢周平)
  5 歩く         (永井荷風、 池波正太郎、 宮部みゆき、 室井滋)
  6 現場感覚をきたえる  (江國香織、 レイチェル・カーソン、 開高健)
  7 小さな発見を重ねる  (向田邦子)
II さあ、書こう
  1 辞書を手もとにおく    (井上ひさし、 浅田次郎)
  2 肩の力を抜く       (武田百合子、 川上弘美、 宇野千代)
  3 書きたいことを書く    (田口ランディ、芥川龍之介)
  4 正直に飾りげなく書く   (夏目漱石、大町桂月)
  5 借りものでない言葉で書く (井上ひさし、ポール・ゴーガン、HDソロー、芥川
                  比呂志、萩原葉子)
  6 異質なものを結びつける  (俵万知、 松尾芭蕉)
  7 自慢話は書かない     (姫野カオルコ、 北川悦吏子)
  8 わかりやすく書く     (水上勉、瀬戸内寂聴、中野好夫、浅田次郎、
                  佐藤忠男)
  9 単純・簡素に書く      (中野好夫、 ベルンハルト・シュリンク)
 10 具体性を大切にして書く   (竹西寛子、 ターシャ・テューダー)
 11 正確に書く         (井上靖、 河野与一)
 12 ゆとりをもつ        (小沢昭一、 藤沢周平、 杉山亮)
 13 抑える           (復本一郎、 井伏鱒二、 中野好夫)
III 推敲する
  1 書き直す          (板坂元、 宮本輝、 高村薫)
  2 削る            (太宰治、水上勉、瀬戸内寂聴、山口瞳、
                 大岡昇平、井伏鱒二)
  3 紋切型を避ける      (岡村太郎)
  4 いやな言葉は使わない   (甘糟りり子、 中野重治、 江國滋)
  5 比喩の工夫をする     (須賀敦子、 西加奈子)
  6 外来語の乱用を避ける   (多田道太郎)
  7 文末に気を配る      (井伏鱒二、 坂口安吾、 伊丹十三)
  8 流れを大切にする     (三島由紀夫、 木下順二)
IV 文章修業のために
  1 落語に学ぶ        (水川隆夫、 夏目漱石、 二葉亭四迷、檀一雄)
  2 土地の言葉を大切にする (藤沢周平、太宰治、深沢七郎、東峰夫、寺山修司)
  3 感受性を深める       (萩原朔太郎、山田無文、レイチェル・カーソン、
                   細川俊夫、三宮麻由子)
  4 「概念」を壊す       (谷崎潤一郎、南木佳士、 竹西寛子、芭蕉)
  5 動詞を中心にすえる    (長田弘、 夏目漱石、 村山由佳、 大野晋)
  6 低い視線で書く      (辰濃和男、ナンシー・ウッド、 小田実)
  7 自分と向き合う      (三島由紀夫、三好達治、熊谷守一、向井加寿枝、
                  小林秀雄)
  8 そっけなさを考える    (山口瞳、 熊谷守一、 森鴎外)
  9 思いの深さを大切にする  (丸谷才一、 大岡昇平)
 10 渾身の力で取り組む    (串田孫一、 石垣りん、 江國滋、 幸田文)



わずか240ページの新書版の本に、これだけ詰め込んであります。

文章の磨き方も学ぶところが多かったけど、

これまで読んだこともない作家もたくさん紹介されていて、

読書ガイドとしても参考になりました。読みたくなるような本が一杯です。

それで、本屋で見つけ次第、買った本がこれです。

DSC07922.jpg


坂口安吾については、辰野さんは次のように引用しています。

”それはさておき、安吾の『戦後文章論』(1951年)を読み直しました。これもまたすこぶるイキのいい文章です。
「私は文章上にだけ存在している現代の文章というものがイヤなんです。なぜなら、現実にもッとイキのよい言葉を使っているのだもの、習い覚えたペルシャ語で物を書いているような現代の文章がバカバカしくて、イヤにならない人の方がフシギなのですよ。そうではありませんか」(中略)
「当り前の言葉で大概のことが言い表せる筈ですよ。日常生活の言葉で文学論がやれないと思いますか。それだけの言葉では間に合わない深遠な何かがあるのですか」
「小説というものは、批評でも同じことだが、文章というものが、消えてなくなるような性質や仕組みが必要ではないかね。(大岡昇平、三島由紀夫の書いたものは)よく行き届いていて敬服すべき文章であるが、どこまで読んでも文章がつきまとってくる感じで、小説よりも文章が濃すぎるオモムキがありますよ。物語が浮き上がって、文章は底へ沈んで失われる必要があるでしょう」”


この最後の
”物語が浮き上がって、文章は底へ沈んで失われる必要がある”
というのを読んで、フト、歌でも同じことが言えるなと思いました。

物語を歌詞・言葉と置き換えて、文章を音符と言い換えれば、

「歌詞・言葉が浮き上がって、音符は底へ沈んで失われる必要がある」

ということになります。

朗々と声高らかに歌っているけど、心に響いてこない歌い手っていますよね。

080402d.jpg


本人は気持ち良さそうに歌ってますけど、

音符に割り当てたひらがなを追っかけているような歌い方で、

ちっとも情感が伝わらないのです。



ま、音楽の話は別として、坂口安吾という人の書いた文章に興味が湧いて、

本屋で探したら「堕落論」というのがありました。

読んでみると、著名人でも実名をあげてけなしたりして、確かにイキのいいところがあります。



ただ安吾先生の思考回路は、ポンコツ脳ミソのアタシには少々疲れます。

080402c.jpg


たとえば、

電車で空席に座ったらと声をかけても、お辞儀をしただけで、

席にかけようとしなかった小学生の男の子について、

”このような躾けの良さは、必ずしも生家の栄誉(えいよ)や富に関係はなかろうけれども、然しながら、生家の栄誉とか、富に対する誇(ほこ)りとか、顧(かえり)みて怖(おそ)れ怯(おび)ゆるものを持たぬ背景があるとき、凡人(ぼんじん)といえども自(おのずか)らかかる毅然たる態度を維持することが出来易(やす)いと僕は思う。”(後略)

こんな調子で延々と安吾先生のご説が続くわけで、

脳ミソがエンストを起こして途中下車です。

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そこへいくと、吉本ばななさんの文章は分り易い。

「よしもとばななドットコム見参!」なんかブログ書くのに参考になるかと思ったけど、

ムリ!

こんな流行作家みたいに毎日が変化あるわけじゃないし、

登場人物も多彩ではない。レストランだってそんなに行かない。

でも、文体としては、歯切れがよくて読みやすいんです。

文章が短いからなんでしょう。

このへんは参考にしても良いのかも・・・・・。



オット、だいぶ長くなってしまいました。

この続きは又の機会に譲ることにいたしましょう。


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