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一番好きなのはヤッシャ・ハイフェッツの「ロンド・カプリチオーソ」

.22 2019 音楽 comment(0) trackback(0)
楽器の中ではバイオリンが好きです。
バイオリンの音色は、人間の情感に直接響く気がします。。
サンサーンスの「序奏とロンドカプリチオーソ」なんか
出だしから胸がキュンとします。
それもヤッシャ・ハイフェッツが弾くのを聴いたらもうたまりません。

姉がバイオリンを習っていて、レコードで持っていたのを聴いたのが出会いです。
魂が揺すぶられるような名演奏で、今もってこれ以上好きな演奏はありません。

父親がバイオリン好きで、姉が小学校に入ったころから習わせていました。

僕の方はピアノを習わされました。

小学校に入ったばかりの僕は、学校ではメンコ、家の近所ではチャンバラごっこで
大忙しですから、ピアノのお稽古なんかそっちのけで遊び呆けていました。

お稽古、ヤダー


そんなわけで小学校の6年間、
楽譜も読めないまま週2回、先生に習う時だけピアノに向かい合いました。
それでも、先生のお手本通りピアノのに鍵盤をたたき、バイエルは終了できました。
中学に入ると、勉強が忙しいからと父に訴えて、ようやくピアノから解放されました。

ピアノに興味がなかったのは、教本のバイエルは指の訓練のための曲で、
メロディーの美しさは全く感じなかったからです。
歌の方は耳から入ってくる心地よいメロディーが自然と記憶に残って、
小学唱歌や流行歌なども一人で口ずさんでいました。

そんな僕が突如ピアノを再開したきっかけは、
映画の「愛情物語」の主題歌「To Love Again」です。
ショパンの夜想曲第2番を原曲としているのを知り、
下北沢の楽器店で楽譜を探し、夢中になって練習しました。
ノクターン2番


僕にとっては、ショパンがピアノ曲の王様です。
別れの曲もいいし、映画「戦場のピアニスト」の夜想曲第20番嬰ハ短調もいい。
ノクターン20番

テレビのCMでも、随分昔ですが確か松下の蛍光灯だった思いますが、ノクターン1番を
BGMに使っていた記憶があります。
ノクターン1番


ピアノという楽器の特徴を最も活かした音の流れは天才としか言いようがありません。

ショパンが好きだと言っても、夜想曲第2番をたどたどしく弾けるくらいです。
あと、ベートーベンの月光の第一楽章(超スローなので)も、まあ何とか。

今はもっぱらポピュラー曲の伴奏をコード展開だけで合わせるくらいです。

ギターも弾き語りのコード伴奏くらいで、ひとりで1時間くらい気分転換しています。

今日はこれくらいにして、音楽談義はまだ続きそうです。

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大相撲雑感 - 令和元年五月場所

.27 2019 スポーツ comment(0) trackback(0)
平幕の朝乃山が12勝3敗で優勝した。
それも千秋楽を待たず14日目で決まってしまった。
安倍首相がトランプ大統領を千秋楽に招待して折角見せ場を用意したつもりが、
なんともはや、盛り上がりに欠ける千秋楽だった。

大相撲は盛り上がって

白鵬、貴景勝が欠場し、残った横綱鶴竜、大関陣がふがいない相撲が多く、
朝乃山がいなければ、最悪の場所だったろう。

幕内上位では実力者玉鷲の10勝5敗は、まあ順当な成績。
若手の阿炎、竜電の活躍が目立った。
阿炎は四股の足が高く上がり、観客を喜ばせているが、
遠藤や明生もきれいな四股を踏む。

最近の力士は大型化し、怪我が多く、しかも年6場所で治療する時間もない。
満身創痍で包帯やらテープやらでグルグル巻きになって、
足を引きずりながら出場する姿は痛々しいばかりだ。

怪我は土俵の上で治せなどと、当たり前のように言う親方がいるが、
怪我人だらけの痛々しい勝負では、見ている方がつらい。

イタイタしくて

年4場所にするとか、医師の診断書により怪我の欠場は1年間まで番付をそのままにするとか、
何か対策を立てないと、大相撲の魅力が失われていくような気がしてならない。

エクシブ山中湖

.05 2019 国内旅行 comment(0) trackback(0)
4月のある日

山中湖のエクシブに行く。
ココには悪いけど、泊まれないので馴染みのトリマーさんに預けていく。

普段行かないところへ行くときは、いつもウキウキする。
同じような毎日にウンザリしているのだ。

河口湖までは1時間くらいで着いてしまう。
ポスターで眼についた富士芝桜まつりを見に行きたくなって、
30分ほど寄り道して本栖湖方面へ向かう。
大きな駐車場に入ると、すぐ空きスペースがあったのでそこに停めて芝桜まつりの
会場入口まで延々と歩く。
慣れた人はもっと入口近くに停めるのだろう。

190423芝桜-6

会場はもっと人がぞろぞろ歩いているかと思ったが、案外少ない。日本人に混じって
中国や、韓国、東南アジアからの観光客が目に付く。
撮影スポットでは入れ代わり立ち代わり富士山を背景に写真を撮り合っている。
撮られるとき指をVにするのは若者だけだ。
年寄りは恥ずかしくてそんなことはしない。

芝桜はポスターほどきれいでない。
富士山もくっきり見えない。
ポスターには晴れて富士山がくっきり見え、芝桜も満開の一番きれいなのを使うのに違いない。


エクシブ山中湖では本館のスイートルームに泊まる。
部屋に付いているジャグジーバスからは窓いっぱいに富士山が広がっている。
190423EX山中湖Sルーム-4

落ち着いた寝室と
190423EX山中湖Sルーム-6

独立した和室。でも、二人ではもったいない。
190423EX山中湖Sルーム-7

リビングからも富士山が見えるけど、ソファー.は低くて立ち上がるのに苦労する。
190423EX山中湖Sルーム-2

夕食は和食の「花木鳥」でネット9千円のコース。
190423EX山中湖花木鳥-1

席に着くとウェイターが飲物を何にするか尋ねる。
「おすすめはこの甘口のワインです。皆さん美味しいとおっしゃいます」
と言うのでそれを注文する。
確かに甘い。

まず前菜だ。
ベテランの仲居さんがひとつひとつ丁寧に料理の説明をしてくれる。
190423EX山中湖花木鳥-2
右端の前菜を口に入れてしまってから、写真を撮るのを忘れてしまっていたのに気づき
あわててシャッターを押す。
仲居さんの説明を一生懸命思い出して味わおうとするのだけど、どれがどれだか忘れてしまう。
「馬の耳に念仏」とはこのことだろう。
とーちゃん午年だもんネ



お椀は蛤のだしが濃厚に出ていて飲みごたえがある。
190423EX山中湖花木鳥-3
ワインの甘さが気になる。

続いてお刺身の盛り合わせ。
これも仲居さんが順繰りに説明してくれる。
190423EX山中湖花木鳥-4
「これ何の魚だっけ」とつぶやくと、やはり遠くで聞き耳を立てていた仲居さんがススッと近づいて、
「こちらがなに、隣がなに」ともう一度教えてくれる。

更に金目鯛の焼き物。鱗を残して焼いているのでパリパリした歯触りを楽しんでください、と仲居さんが説明する
190423EX山中湖花木鳥-5
やはりワインの甘さが気になる。

伊勢海老の煮物。
190423EX山中湖花木鳥-6
牛肉の炭火焼きロースト。とてもおいしい。
おかーさんが「この竹の皮で包んで食べるのかしら」とつぶやくと、
遠くから先ほどの仲居さんがすすっと近づいて「それはたべられませんよ」と教えてくれる。
190423EX山中湖花木鳥-7
桜海老のご飯は香は香ばしい。
190423EX山中湖花木鳥-8

食後のデザートはイチゴのムース。
お腹はいっぱいだがデザートは別腹だ。
190423EX山中湖花木鳥-9

翌日の朝食はイタリアンブッフェ。
選り取り見取りだけど、何を食べればいいのか迷って余り食べた気がしない。

早々にチェックアウトして、ココを引き取りに行く。
ココは家に帰っても、ふて寝である。
190424-4.jpg

牡丹って座っているの?

.29 2019 シニア日記 comment(0) trackback(0)
4月22日
お隣のNさんが「あら、この花きれいですねぇ。何ていうのですか?芍薬でしょうかねぇ」
と聞く。

190422牡丹

「たてば芍薬、座れば牡丹」という言葉を思い出し、地上1mくらいに花をつけているから、
立っている方の芍薬ではないかと思い、「そうでしょうね」と答えてしまった。
後でネットで調べたら、座っている方の牡丹だった。
せめて地上30cmくらいに花をつけていれば、座っていると思えるのだけど・・・・

葉の先が三つに分かれているのが牡丹なんだそう。

毎年、この時期に唐突に出現し、あっという間に消えてしまう。
あでやかなだけにあっけなさが心に残る。

190422こでまり-1

その隣に咲いているコデマリは、つつましく、しかしずっと長く咲き残っている。

花の命も色々あるものだ、などと花に寄せて思いを巡らす。

若いころには、花なんぞまるで目に留めなかったのに。

あと何年生き残れることやら・・・・・。

白髪が増えました


かたおちの花

.18 2019 シニア日記 comment(0) trackback(0)
190415シクラメン

これは昨年末、前日までの値段から半額近くになったシクラメンです。
まあ、型落ちみたいなものです。
まだまだこれからきれいに咲くのに、もったいないと即購入です。
四月に入って軽井沢へ移る時期になっても咲き誇っているので、
かわいそうなので軽井沢へ持ってきました。

花と言えば、こちらではようやくコブシの花が開き始めました。

190418押立

桜の花が開花するのは、もうしばらく待たねばなりませんが
ちょうどそのころには東京へ戻っています。

トーチャン、だっこして・・・・

ココは相変わらずベタベタくっついて離れません。

タイガー・ウッズは復活したけれど・・・・・

.16 2019 ゴルフ comment(0) trackback(0)
アメリカの男子プロゴルフではタイガー・ウッズが14年ぶりにマスターズを制覇し、完全復活を遂げたニュース
で大騒ぎでした。

ゴルフをやり始めて以来、絶不調続きのボクには復活しようもありません。

今日は絶好のゴルフ日和で、軽井沢72の東押立コースでおかーさんとラウンド。

IMG_20190416_114934.jpg

イーグルチャンスとかバーディーチャンスなどは全く無援。

ボギーオンで満足し、5オン1パットでダブルボギーの時など、
ナイス・ダボと大喜びするレベルで、二人で熾烈な戦いを繰り広げました。


ココはお留守番ですこぶる不機嫌です。

アタシを置いてゴルフばっか!

花粉症にワセリン

.14 2019 シニア日記 comment(2) trackback(0)
NHKの「ためしてガッテン」で花粉症対策にワセリンが良い、と言うのでドラッグストアを回ってみたけど、
放映後数日はどこも売り切れ。
ようやく買えたので使ってみたら、かなり楽になりました。
ひっきりなしに鼻水が出て、ティッシュが手放せなかったのが
1日10枚ほどで足りています。

IMG_20190414_162629.jpg

一日に数回、綿棒をワセリンに突っ込んで鼻の内側に届く範囲で塗るだけ。
もっと早く知っていればよかった。

軽井沢は雪です

.10 2019 シニア日記 comment(0) trackback(0)
190410景色-2

今日は軽井沢、朝から大雪です。

デビル夫人

.14 2019 シニア日記 comment(2) trackback(0)
近頃、ココは突然歯をむき出し、手に噛みつこうとするようになりました。


100326-5.jpg

自分から抱っこして、と近づいてくるときは大丈夫ですが、

うっかり手を出すと、「ガウゥッ!」とやられます。

何が原因かわかりませんが、我が家ではデビル夫人と呼んで恐れています。

大坂なおみの全豪オープン優勝

.26 2019 シニア日記 comment(0) trackback(0)
大坂なおみが全豪OPで初優勝した。

050711玉子ジャンプ1

第1セットを粘り勝ちしたあと、第2セットは勝ちが手に届くところまで来ていながら大逆転され苦しい展開だった。

070519ジャンプ2


ここで気持ちを切り替えて第3セットを6対4でクビトバを下し、優勝をもぎ取った。



070519ジャンプ1

勝因はあの状況で立ち直る精神力だろう。

第2セットをあんな風に取られたら、普通の選手ならズルズルと自滅してしまう。

色んなスポーツを観てきたが、これほど精神力の強いアスリートは滅多にいない。

大きな勇気をもらいました。



お相撲さんにならなくてよかった

.19 2019 シニア日記 comment(0) trackback(0)
大相撲初場所。
これまで絶好調で優勝でもしそうな御嶽海が、昨日の六日目妙義龍戦で膝を痛めて今日から休場。
途中休場は横綱稀勢の里(引退)、鶴竜、大関栃ノ心に続き三役以上の上位陣で4人目。

お相撲さんに怪我は絶えない。
とにかく、あの巨体同士で、立会い頭と頭で正面衝突するんだから。
テレビで見ていても「ガツン!!」という音が聞こえる。

幕内力士の輝の頭突きで、勢と佐田の海は額を割られ、血を流した。
勢は8針も縫う大けがだが、大きな絆創膏を額に貼って出場を続けている。
大相撲の世界では「血が出るのは生きてる証拠だ」くらいで片付けられてしまうようだ。

膝や太もも、足首、肩や腕、手首など包帯や貼薬など、付けていない力士を探す方が難しい。
力士にとっては土俵上の戦い以上に怪我との戦いの方が苦労すると思うのだが、
「怪我は土俵の上でなおせ」なんて言う親方もいるそうで、
そのうちに、ミイラみたいに包帯でグルグル巻きの力士や
松葉杖の力士が土俵に上がったり登場するんじゃないか、と心配になる。

ココは一才の時、骨折したことがあります。
お相撲さんにされなくて、さぞ安心していることでしょう。

071030寝転び7

「綾の鼓」その7

.13 2019 父の小説 comment(0) trackback(0)
(四)

 桂の池の周辺に人の手が加えられ、すっかり趣が変った頃、
仲ノ連霞麻呂は二人の子と一人の従者を連れて、東への旅路を急いでいた。

 女御の急逝につづく帝の御(おん)嘆き、宮中を擧げての服喪など、
あわただしい明け暮れを邸の中に聞き流して、ひっそり邸内に引籠っていたが、
突然、大連(むらじ)、物部の尾輿より召出されて、
渟代(ぬしろ=能代)の國の造(みやつこ)に補せられた。
僻遠の地であり、つい先つ年、阿部ノ比羅夫(ひらふ)がまつろわぬ夷どもを平定して、
王化の郡領に繰り入れたばかりの地方である。
云うまでもなく左遷である。むしろ追放に近い。

 けれども霞麻呂は、その裏の事情を考えたくない。
広足の讒訴(ざんそ)だなどと、見たもののように云う人もあったが耳を籍さなかった。
自分にその気はなくとも、女御にお与えした衝動を思えば、罪は万死に価した。
朝倉の都は、朝な夕な、女御の想い出と人の噂に満ち満ちて、
彼にとっては煉獄の苦しみを齎(もた)らす土地となった。
こうした都からの追放は、霞麻呂の立場からは、むしろ解放ともいえたのである。

 出で立つ日、親しい友どち幾人かが見送ってくれたが、その中に広足の姿は見られなかった。
しかしそれはかえって、霞麻呂の心を軽くしたくらいである。
ふと郎つ女の顔を思い浮かべ、
広足と交わした約束について何の決着もつけずに発ってしまうことが心の重荷となっていたのだが、
広足が顔を見せぬことは、どうやら先方から、その婚約を破棄したものと解してよさそうだった。

 いまこうして、静かに反省(ふりかえ)ってみると、自分は決して浦部の郎つ女を嫌ってはいなかった。
それどころか、都に残してゆく彼女を愛しく思い、何も云わず立ち去る心の一隅には未練があった。
その弱い心を振り切り、霞麻呂は、従者に抱かれた幼い女の子の髪を撫で、
見送りの人々に心から謝辞を述べて、馬首を東に向けた。

 朝倉の都を発って数刻、陽が中天からやや傾いた頃、
北九州の連山を右に眺めながら、その山麓に駒を進めていると、
背後(うしろ)から追いかけてくる二頭の馬があった。
近づくのを見れば、思いもかけず浦部の郎つ女と、その侍女である。

 男のつける袴を穿(は)き、膝のあたりをくくっている。
市目(いちめ)笠の紐は豊かな頬に喰いいるように、固くくくられている。
静かに駒を寄せて霞麻呂と並び、笠を取って頭を下げ、顔を上げると、白い歯をみせて微笑(わら)った。
少しも気負ったところのない、自然な擧動(そぶり)の中に、

   新しいあなたの妻として、御一緒に参ります、という心を汲みとれた。

 「郎つ女よ。渟代(ぬしろ)の空は限りなく遠いのだよ。」

 駒を近づけて寄り添いながら云うと、郎つ女が答えた。

 「たとえ國のいや果(はて)でしょうとも、あなたがお出でなさる地ならば。」

 こういって郎つ女は、霞麻呂の方に顔をまっすぐ向け、再び、白い歯並(はなみ)をこぼして鮮やかに微笑った。
 雲が東に向って流れている。
その東の空の遠く霞むところ、猛き蝦夷(えみし)どもの心も定かならぬ遠い國の生活(くらし)にも、
それなりに生き甲斐のあることが、霞麻呂にも初めて判ってきた。




 あとがき   
 喜多流謡曲「綾の鼓」に取材した。
「綾の鼓」は観世本阿弥の作と伝えられ、それ以前巷間に伝えられた説話に取って、この一曲を完成したものと思う。
佛教思想の教化、成佛をテーマとしたものの多い謡本(うたいぼん)の中では、
この一作、珍らしく救いを説いていない。
即ち、女御の戯れに綾の鼓を打たされて、池中に投身憤死した老人の怨霊に牽かれ、
月明(げつめい)の夜、女御が池汀に悶え死ぬ趣きを語り、悔悟も救霊もない。
この突放した終焉(えん)が数多い能の中でも異色である。

 作者は、この劇的な一事件を面白いものと見、女御が老丁をして鼓を打たしめた動機として霞麻呂を登場せしめた。
綾の鼓を贈った霞麻呂も、広足も浦部の郎つ女も、すべて作者の創造であって、史実に倚ってはいない。
もともと史実としては、原作である本阿弥の「綾の鼓」にしてもはっきりしたものがあったわけではなく、
時代考証など、例へば欽明天皇の朝倉の宮廷での出来事としながら、
女御の尊称の如きは、時代的に大きな矛盾があるが、曲趣に中心を置いて、深くこの点を追わなかった。
 他日、これらの考証を行い稿を改めてみたいとも思っている。

昭和28年10月     起稿
昭和28年11月1日 脱稿
昭和54年4月30日 訂正脱稿

「綾の鼓」その6

.12 2019 父の小説 comment(0) trackback(0)
 これは桂の宮の廷臣近江の朝人である。
既に、朱雀の女御が不思議な御(おん)振舞の数々に就いては語り申したが、
この度は女御 ご急逝により、帝の御(お)嘆きは申すも懼れ多く、
花と紛(まご)う御容姿(みすがた)をふたたび仰げぬ宮のうちは、
何とやらん寂莫(じゃくまく)として、心痛ましき限りではある。

 事の次第委(くわ)しく申述べよ、とのことにて、
検非違使(けびいし)の廳に某罷り出て、事の有様(ありよう)を包まず申し述べて候うが、
大方の御意見も御(おん)身分に相応しからぬなされ方に加え、
老の一念を欺むかれた老丁の怨魂(えんこん)こそすべての原因であると決着いたして、詮議も終わるかに見え申した。

 池の端(はた)に打ち捨て置かれた綾絹の鼓については種々御訊ねあったが、
某とて深くは存じ候はぬ故を以て、一切心当りはなき旨答え申したが、
司直(やくびと)もこれまた、女御が一時(とき)の御座興にてあるべしとの事にて、打切りと致した。

 かような内証事はとかくの風評(うわさ)の因(もと)となり易きことでもあり、
口善悪(くちさが)なき女官どもも、きっと戒しめ、濫りに憶測など口外致さざるよう、固く申し渡そうと存ずる。

 織部の広足は、事態(こと)の推移(うつりかわり)を視ていた。

 彼としては事件の外にあり、特別恐れることは何一つなかったが、
綾絹の鼓の経緯(いきさつ)が洩れて、霞麻呂の身に帝の御怒りが集中することを怖れた。
いや霞麻呂などどうなろうと構わない。
彼が恐れるのは、この男が咎(とが)めを受けた場合、
広足自身の名譽と、浦部の郎つ女の女としての誇りが傷つけられることが明白だったからである。

 たとえ口約束とはいえ、霞麻呂と郎つ女の婚約は事実である。
悪いことに、嬉しさも手伝って、広足は妹の婚約を宮中の誰彼となく吹聴してしまった。
もすこし待てば良かったのだ。

 更に悪いことに、当の霞麻呂がおかしいのだ。
むろん広足自身が訪ねて行ったわけではないが、人の風評(うわさ)ではあの日以来邸に引籠って出仕もせず、
人にもあわず、ひっそりと静まり返っているという。

 こんな男との婚姻は何としても避けねばならぬ。
だが、それを云えば郎つ女は深く傷つけられるだろう。

婚約を破棄しようと、持ちかけると、妹は激しく抗(あら)がった。
彼は郎つ女がこんなに怒った顔をこれ迄見たことがない。
存外、おとなしいようで、此の娘の気性には強いところがあるようだ、と改めて気づいた。

  霞麻呂はもうお前と結婚する気を失くしたのだよ。それが証拠には、あれから一度も訪ねてこないじゃないか。

 事件(こと)が起ってから七日経ったある日、広足は思い切って妹に云った。
 
  あの男が本当に愛していたのは、朱雀の女御だったのだ。
愛する方(かた)を失なって霞麻呂は、呆(うつ)けてしまったのだ。

 郎つ女は固く唇(くち)を結んで答えなかったが、
眸(め)の光には兄の言葉を受け入れぬ性根(しょうね)がはっきり読みとれた。

それでも広足は云った。

  お前は嬲(なぶ)られていただけだよ、あの色好みの男に。
なあ、郎つ女よ。人の噂さもある。こちらから出かけて、きっぱり片をつけようではないか。
 
   そっとして上げて下さい。今暫らく、あの人をそのままにして置いて。
と郎つ女は、静かに、しかししっかりした口調で答えた。

  あの方との婚約は私とあの方二人の問題です。
お兄様は仲介(なかだち)をして下さったけど、これから先は、わたし自身に決めさせて下さい。

 妹の強い表情に気圧(けお)されて広足は黙ってしまった。

困ったことになったものだ。
霞麻呂は霞麻呂であの通り呆(うつ)けてしまったし、妹はまた何か一途に思いつめているようだ。

 広足は、宮廷では人々の気配や言葉の端に耳を傾け、家に帰れば妹の顔色を窺った。

苛立たしい日が過ぎた。

 日夜思い悩むうちに、打つべき対策(て)が段々あきらかな形となって固まってきた。

 霞麻呂を宮廷から遠ざけること。
 手段はこれしかなかった。

 張りつめている郎つ女の気持も、当の相手がいなくなればと溶けてこよう。
心に受けた傷手も時とともに癒されるだろう。

 霞麻呂との婚約もそうなれば自然消滅することになるし、世間には、
あのような人騒がせの、すきもの好色者とは、
こちらからはっきり手を切ったのだといいふ吹聴らすことも出来るわけだ。
奴を遠く追いやってしまうことだ。これしかなかった。

 それには切り札があった。取って置きの。
むろん綾絹の鼓である。女御の若い命を奪ってしまった、あの、怨念の鼓である。

 大連(むらじ)、物部(もののべ)の尾輿(おこし)は広足の訴えを聞いて眉を顰(ひそ)めた。
彼はもとより、霞麻呂と女御との間に兎角の噂があり、これが女御 ご急逝に関わりがあると、うすうす知っていたが、
霞麻呂の温和な性格や勝れた才能を愛していたので、努めて表沙汰にするのは避けたい、と考えていた。
事件以来半月もたち、乱れ立った噂話もようやく静まり、このまま収まりそうだ、と思っていた矢先、この訴えである。

 「女御の御許(おんもと)に綾絹の鼓を奉ったものは、まこと仲ノ連霞麻呂だと申すのか。」

 困ったことを持ち出す男だ、と苦々しく広足を見ながら尾輿は念を押した。

 「その証拠(あかし)はあるのだな。」

 「彼を御召しになって御訊問あれば、すべてが明らかになりましょう。」

 こうなれば捨てて置くことは出来ない。
何としても帝最愛の女性(にょしょう)を傷つけ、死に追いやった原因(もと)となったのは、その綾絹の鼓である。
それを贈ったことが公(おおやけ)になれば、霞麻呂を許すことは出来ない。

 惜しい男だが処置を取ろう。どこか、都から遥かな遠國へ遷そう。
すべての噂が収まる頃、それには三年、いや五年はかかろうが、そのあとで呼び返すこともできる。

 広足には、一切洩らすな、と釘をさして帰した。
それにしても、惜しい男を、譬えいっときとはいえ手放さねばならぬとは、返す返すも残念でならない。

 
これは桂の御所の御内儀(おないぎ)を司どる近江の朝人殿に御仕え致す太郎冠者奴(かじゃ)にござる。
さてもこの度、以てのほかの出待(しゅったい)にて、廷中を上げての一騒動ござり、
我等末輩(まっぱい)に至るまで、何のかのと追い立てられ申した。

 とりわけて御池のほとりは、大樹生い茂り、昼なお昏き有様(さま)にて、何(なに)とやら物恐ろしげにござったが、
このたびの不祥事(まがごと)につけ、池の周辺(ほとり)を切り払い、眺望(ながめ)を開け渡し、
花卉(かき)などもあしらい、都風に打ち改めよ、との御諚(ごじょう)にて、雑仕どもを引き連れ、これに参った。

 如何さま、打ち見れば、鬱蒼たる樹々は光も通さず、
茂りに茂りたる下生えは、池の面を隠すばかりの有様、
何とも凶々(まがまが)しき気配でござる。
昼なおこれでござれば、夜ともなれば、池の中心(なかほど)より、
物悲しげな鼓の音、夜な夜な聞ゆるなど、取沙汰する者も多く、まこと、さもありなんと思う次第でござる。

 ひやッ、これは魂消(たま)げた。
 おのれ、何と蛙(かわず)ではないか。
叢からひょいと飛び出し居って、ひんやり身共が足の上に乗り、思わず膽を冷やした。

 やいやい、雑仕ども。何を戸迷うておる。草を刈り、樹を倒せ、やい。
さるにても苦々しい仕事を仰せつけられたものじゃ。
いかい迷惑なことでござる。
間もなく日も暮れうずるほどに、一同心して仕事を急がずばなるまい。

(続く)

「綾の鼓」その5

.11 2019 父の小説 comment(0) trackback(0)
(三)

 独り残されると、もう女御のお顔から笑いの蔭が引き、夕べの肌寒さに身震いなされた。
苛立たしげに女官を召されて、急ぎ近江の朝人を呼ぶように命じた。

 朝人の顔を見るより早く、激しい言葉で、
池の端(はた)であのように狂い廻る老人を、何故そのまま打ち捨てて置くのか、と叱責された。
訝かしげに見上げる朝人の鈍げな眼を見ると、なおの事、腹立たしくて、
あのような老人をこれほど苦しめる朝人には、ものの情(なさけ)もないのか、
と果ては御眼に涙まで浮かべてのお叱りである。

 ともかくも朝人は一(ひと)っ飛びに庭へ飛び出し、汀(みぎわ)を小走りに駈けて行った。

 間もなく近江の朝人は急ぎ取って返した。
老人の姿が見えない、というのである。

池のほとりには、桂の枝ごと引き千切った鼓が打ち捨てられ、
老人の穿(は)いていたらしい木沓(ぐつ)の片方が、汀の泥に半ば埋もれ、
片方は池の面(おも)に漂っていた、と見たままをつけ加えた。

老人が入水したことは明らかだったし、その原因もはっきりしていた。

 女御は一言も仰せられず、御(おん)頭(つむり)が痛むと云って引き籠られた。

 夕月が蒼黒い空にさし出た頃、女官が御(お)頭を冷やすために御部屋へゆくと、
眠られたのか、女御は御(おん)床の中で身じろぎもしなかった。
けれども、燭(あかり)を灯(とも)して、女官がお側へ寄ると、
くるりと灯に背を向けて、夜具をひき被(かづ)いてしまう。

涙が枕を濡らしていた。
御熱(おんねつ)もある様だったので、典薬の頭(かみ)を呼びにやるなど、朝人は急ぎ手配をした。

 深更に及んで、典薬の頭が参内した時には、女御は御部屋におられなかった。
御床にはまだ温(ぬくも)りがあった。
女官の一人が、
先程のこと、気分も爽やかになったから庭など歩きたいと云い出されたのを、きつく御止め参らせたことを告げた。

 昼の中からもってのほか意外な事ばかり仰せられたことなど考え合せ、
人々は、何がなし不安に駆られて顔を見合わせたが、
中にも朝人は、ずっと御附添参らせなかった女官の不用意を叱りつけ、
舎人(とねり)どもを呼びにやる一方、守殿の司(つかさ)、来目(くめ)の首人(おびと)の許へ人を走らせた。

 女御は、池のほとりに佇んでおられた。
 ちょうど、月は中天(なかぞら)にあり、昼のように明るいが、
万象は底深い静寂(しじま)の中に、森々(しんしん)と眠っているようである。
月を浮べた池の面にも漣波(さざなみ)ひとつ立たない。
 素足をつたわって、沼の冷気がお肌にのぼるのにも気づかれず、
女御は、じっと耳を澄ましている。

鼓の音(ね)が聞えたのである。
御部屋へ伏っておられる耳に、微かに、けれども調子正しく鳴り響く音(おと)が、
女御をこのあたりまで誘い出したのである。

 別段の恐ろしさも感じなかったし、こうして、現(うつ)つに鼓の音(ね)を聞くことの怪しさも思わなかった。
ここまで来て、音(おと)が急に絶(とぎ)れてしまったことだけが悲しかった。

 身じろぎもせず待ちつくしている女御の顔に、次第に、恍惚((うっとり)と夢みるような輝きが浮んできた。
かすかに、韻律正しく打つ鼓が再び聞えて来たのである。
音(おと)は池の底から聞えるようであった。
女御はもう疑わなかった。紛れもなく、彼の老人が打つ鼓の音(ね)だと信じた。

 聞える、聞える。
音(おと)は次第に高く、調子を速めて来た。
森閑とした樹立(こだち)の闇の奥深くへ秘(し)み入って、
とうとうと鳴り渡る反響(ひびき)でそのあたりをいっぱいに満たした。

 聞える、聞える。
音(おと)はますます高く、ますます速い。
息継ぐ隙もない乱調子となり、切なさを訴える老の息吹きかと思えば、
無上の歓喜(よろこび)に舞い狂い、ただら打つ乱打と変った。

女御は一瞬(ひととき)、確かに見た。
池の面を駈け、身を揉み砕くまでに打ちつづける老人の姿を。
しかし、やがてそれも掻き消え、つづいて月光に映え銀色(しろがね)に輝く池の漣(さざな)みも消え失せ、
黒々と身近く迫っていた森蔭も視界から失われた。

 夏空の綿雲のように軽く、女御は大空を飛行(ぎょう)しているらしい。
眼の下を森や川が流れすぎるように見えるが、それも定かではない。
銀(しろがね)の箭(や)のように光が降り注いで、五彩の虹と変り、
女御は目も絢(あや)なその光の中へ吸いこまれるように飛びつづける。
鼓の音(ね)だけがいよいよ冴え、いよいよ急調子で、女御の心を歓喜に満たして鳴り響くのであった。

 篝(かがり)をかざした舎人(とねり)の群が八方に散って、
間もなく、池の辺(ほと)りに打ち伏し給う女御の御姿をみつけた。
注進(しらせ)を受けるまでもなく、
樹立を洩れる篝火の群れ動き、唯事でない人々のざわめきに気づいた朝人は、
典薬(てんやく)の頭(かみ)を促がすより早く、階(きざはし)を一気に飛び降りて、宙を飛ぶばかりの勢で転(まろ)び走った。
その足ががくっと止り、朝人は見た!

 池の水に半ば顔を浸し、俯向(うつむき)に汀の砂に倒れ、
黒髪は八方に拡がって水にそよいでいる。
月光を受けた横顔は月魂(つきしろ)のように白い。

 典薬の頭(かみ)が抱(いだ)き参らせ、
御座所まで運んで、御顔についた泥などを拭い、
敷き延べた褥(しとね)に横たえ参らせた。
池の水にしっとり濡れた髪(おんぐし)を拭き取ったり、すき上げたりしながらも、
怖れと悲しみで、女官どもは咽(むせ)び泣くばかりである。

 朝来の御異常、夕刻よりの発熱の模様など、交々(こもごも)女官どもの訴える言葉に首肯(うな)づいた上、
典薬の頭(かみ)は、唯ならぬ衝動で御(おん)気脈が乱れ、玉の緒も空しく杜絶(とだ)えさせ給うたものである、
と重々しく朝人に告げた。
朝人は何度も何度も肯づき、老人の妄執を思いやって、身を慄わせるのであった。

(続く)
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