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デビル夫人

.14 2019 シニア日記 comment(2) trackback(0)
近頃、ココは突然歯をむき出し、手に噛みつこうとするようになりました。


100326-5.jpg

自分から抱っこして、と近づいてくるときは大丈夫ですが、

うっかり手を出すと、「ガウゥッ!」とやられます。

何が原因かわかりませんが、我が家ではデビル夫人と呼んで恐れています。

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大坂なおみの全豪オープン優勝

.26 2019 シニア日記 comment(0) trackback(0)
大坂なおみが全豪OPで初優勝した。

050711玉子ジャンプ1

第1セットを粘り勝ちしたあと、第2セットは勝ちが手に届くところまで来ていながら大逆転され苦しい展開だった。

070519ジャンプ2


ここで気持ちを切り替えて第3セットを6対4でクビトバを下し、優勝をもぎ取った。



070519ジャンプ1

勝因はあの状況で立ち直る精神力だろう。

第2セットをあんな風に取られたら、普通の選手ならズルズルと自滅してしまう。

色んなスポーツを観てきたが、これほど精神力の強いアスリートは滅多にいない。

大きな勇気をもらいました。



お相撲さんにならなくてよかった

.19 2019 シニア日記 comment(0) trackback(0)
大相撲初場所。
これまで絶好調で優勝でもしそうな御嶽海が、昨日の六日目妙義龍戦で膝を痛めて今日から休場。
途中休場は横綱稀勢の里(引退)、鶴竜、大関栃ノ心に続き三役以上の上位陣で4人目。

お相撲さんに怪我は絶えない。
とにかく、あの巨体同士で、立会い頭と頭で正面衝突するんだから。
テレビで見ていても「ガツン!!」という音が聞こえる。

幕内力士の輝の頭突きで、勢と佐田の海は額を割られ、血を流した。
勢は8針も縫う大けがだが、大きな絆創膏を額に貼って出場を続けている。
大相撲の世界では「血が出るのは生きてる証拠だ」くらいで片付けられてしまうようだ。

膝や太もも、足首、肩や腕、手首など包帯や貼薬など、付けていない力士を探す方が難しい。
力士にとっては土俵上の戦い以上に怪我との戦いの方が苦労すると思うのだが、
「怪我は土俵の上でなおせ」なんて言う親方もいるそうで、
そのうちに、ミイラみたいに包帯でグルグル巻きの力士や
松葉杖の力士が土俵に上がったり登場するんじゃないか、と心配になる。

ココは一才の時、骨折したことがあります。
お相撲さんにされなくて、さぞ安心していることでしょう。

071030寝転び7

「綾の鼓」その7

.13 2019 父の小説 comment(0) trackback(0)
(四)

 桂の池の周辺に人の手が加えられ、すっかり趣が変った頃、
仲ノ連霞麻呂は二人の子と一人の従者を連れて、東への旅路を急いでいた。

 女御の急逝につづく帝の御(おん)嘆き、宮中を擧げての服喪など、
あわただしい明け暮れを邸の中に聞き流して、ひっそり邸内に引籠っていたが、
突然、大連(むらじ)、物部の尾輿より召出されて、
渟代(ぬしろ=能代)の國の造(みやつこ)に補せられた。
僻遠の地であり、つい先つ年、阿部ノ比羅夫(ひらふ)がまつろわぬ夷どもを平定して、
王化の郡領に繰り入れたばかりの地方である。
云うまでもなく左遷である。むしろ追放に近い。

 けれども霞麻呂は、その裏の事情を考えたくない。
広足の讒訴(ざんそ)だなどと、見たもののように云う人もあったが耳を籍さなかった。
自分にその気はなくとも、女御にお与えした衝動を思えば、罪は万死に価した。
朝倉の都は、朝な夕な、女御の想い出と人の噂に満ち満ちて、
彼にとっては煉獄の苦しみを齎(もた)らす土地となった。
こうした都からの追放は、霞麻呂の立場からは、むしろ解放ともいえたのである。

 出で立つ日、親しい友どち幾人かが見送ってくれたが、その中に広足の姿は見られなかった。
しかしそれはかえって、霞麻呂の心を軽くしたくらいである。
ふと郎つ女の顔を思い浮かべ、
広足と交わした約束について何の決着もつけずに発ってしまうことが心の重荷となっていたのだが、
広足が顔を見せぬことは、どうやら先方から、その婚約を破棄したものと解してよさそうだった。

 いまこうして、静かに反省(ふりかえ)ってみると、自分は決して浦部の郎つ女を嫌ってはいなかった。
それどころか、都に残してゆく彼女を愛しく思い、何も云わず立ち去る心の一隅には未練があった。
その弱い心を振り切り、霞麻呂は、従者に抱かれた幼い女の子の髪を撫で、
見送りの人々に心から謝辞を述べて、馬首を東に向けた。

 朝倉の都を発って数刻、陽が中天からやや傾いた頃、
北九州の連山を右に眺めながら、その山麓に駒を進めていると、
背後(うしろ)から追いかけてくる二頭の馬があった。
近づくのを見れば、思いもかけず浦部の郎つ女と、その侍女である。

 男のつける袴を穿(は)き、膝のあたりをくくっている。
市目(いちめ)笠の紐は豊かな頬に喰いいるように、固くくくられている。
静かに駒を寄せて霞麻呂と並び、笠を取って頭を下げ、顔を上げると、白い歯をみせて微笑(わら)った。
少しも気負ったところのない、自然な擧動(そぶり)の中に、

   新しいあなたの妻として、御一緒に参ります、という心を汲みとれた。

 「郎つ女よ。渟代(ぬしろ)の空は限りなく遠いのだよ。」

 駒を近づけて寄り添いながら云うと、郎つ女が答えた。

 「たとえ國のいや果(はて)でしょうとも、あなたがお出でなさる地ならば。」

 こういって郎つ女は、霞麻呂の方に顔をまっすぐ向け、再び、白い歯並(はなみ)をこぼして鮮やかに微笑った。
 雲が東に向って流れている。
その東の空の遠く霞むところ、猛き蝦夷(えみし)どもの心も定かならぬ遠い國の生活(くらし)にも、
それなりに生き甲斐のあることが、霞麻呂にも初めて判ってきた。




 あとがき   
 喜多流謡曲「綾の鼓」に取材した。
「綾の鼓」は観世本阿弥の作と伝えられ、それ以前巷間に伝えられた説話に取って、この一曲を完成したものと思う。
佛教思想の教化、成佛をテーマとしたものの多い謡本(うたいぼん)の中では、
この一作、珍らしく救いを説いていない。
即ち、女御の戯れに綾の鼓を打たされて、池中に投身憤死した老人の怨霊に牽かれ、
月明(げつめい)の夜、女御が池汀に悶え死ぬ趣きを語り、悔悟も救霊もない。
この突放した終焉(えん)が数多い能の中でも異色である。

 作者は、この劇的な一事件を面白いものと見、女御が老丁をして鼓を打たしめた動機として霞麻呂を登場せしめた。
綾の鼓を贈った霞麻呂も、広足も浦部の郎つ女も、すべて作者の創造であって、史実に倚ってはいない。
もともと史実としては、原作である本阿弥の「綾の鼓」にしてもはっきりしたものがあったわけではなく、
時代考証など、例へば欽明天皇の朝倉の宮廷での出来事としながら、
女御の尊称の如きは、時代的に大きな矛盾があるが、曲趣に中心を置いて、深くこの点を追わなかった。
 他日、これらの考証を行い稿を改めてみたいとも思っている。

昭和28年10月     起稿
昭和28年11月1日 脱稿
昭和54年4月30日 訂正脱稿

「綾の鼓」その6

.12 2019 父の小説 comment(0) trackback(0)
 これは桂の宮の廷臣近江の朝人である。
既に、朱雀の女御が不思議な御(おん)振舞の数々に就いては語り申したが、
この度は女御 ご急逝により、帝の御(お)嘆きは申すも懼れ多く、
花と紛(まご)う御容姿(みすがた)をふたたび仰げぬ宮のうちは、
何とやらん寂莫(じゃくまく)として、心痛ましき限りではある。

 事の次第委(くわ)しく申述べよ、とのことにて、
検非違使(けびいし)の廳に某罷り出て、事の有様(ありよう)を包まず申し述べて候うが、
大方の御意見も御(おん)身分に相応しからぬなされ方に加え、
老の一念を欺むかれた老丁の怨魂(えんこん)こそすべての原因であると決着いたして、詮議も終わるかに見え申した。

 池の端(はた)に打ち捨て置かれた綾絹の鼓については種々御訊ねあったが、
某とて深くは存じ候はぬ故を以て、一切心当りはなき旨答え申したが、
司直(やくびと)もこれまた、女御が一時(とき)の御座興にてあるべしとの事にて、打切りと致した。

 かような内証事はとかくの風評(うわさ)の因(もと)となり易きことでもあり、
口善悪(くちさが)なき女官どもも、きっと戒しめ、濫りに憶測など口外致さざるよう、固く申し渡そうと存ずる。

 織部の広足は、事態(こと)の推移(うつりかわり)を視ていた。

 彼としては事件の外にあり、特別恐れることは何一つなかったが、
綾絹の鼓の経緯(いきさつ)が洩れて、霞麻呂の身に帝の御怒りが集中することを怖れた。
いや霞麻呂などどうなろうと構わない。
彼が恐れるのは、この男が咎(とが)めを受けた場合、
広足自身の名譽と、浦部の郎つ女の女としての誇りが傷つけられることが明白だったからである。

 たとえ口約束とはいえ、霞麻呂と郎つ女の婚約は事実である。
悪いことに、嬉しさも手伝って、広足は妹の婚約を宮中の誰彼となく吹聴してしまった。
もすこし待てば良かったのだ。

 更に悪いことに、当の霞麻呂がおかしいのだ。
むろん広足自身が訪ねて行ったわけではないが、人の風評(うわさ)ではあの日以来邸に引籠って出仕もせず、
人にもあわず、ひっそりと静まり返っているという。

 こんな男との婚姻は何としても避けねばならぬ。
だが、それを云えば郎つ女は深く傷つけられるだろう。

婚約を破棄しようと、持ちかけると、妹は激しく抗(あら)がった。
彼は郎つ女がこんなに怒った顔をこれ迄見たことがない。
存外、おとなしいようで、此の娘の気性には強いところがあるようだ、と改めて気づいた。

  霞麻呂はもうお前と結婚する気を失くしたのだよ。それが証拠には、あれから一度も訪ねてこないじゃないか。

 事件(こと)が起ってから七日経ったある日、広足は思い切って妹に云った。
 
  あの男が本当に愛していたのは、朱雀の女御だったのだ。
愛する方(かた)を失なって霞麻呂は、呆(うつ)けてしまったのだ。

 郎つ女は固く唇(くち)を結んで答えなかったが、
眸(め)の光には兄の言葉を受け入れぬ性根(しょうね)がはっきり読みとれた。

それでも広足は云った。

  お前は嬲(なぶ)られていただけだよ、あの色好みの男に。
なあ、郎つ女よ。人の噂さもある。こちらから出かけて、きっぱり片をつけようではないか。
 
   そっとして上げて下さい。今暫らく、あの人をそのままにして置いて。
と郎つ女は、静かに、しかししっかりした口調で答えた。

  あの方との婚約は私とあの方二人の問題です。
お兄様は仲介(なかだち)をして下さったけど、これから先は、わたし自身に決めさせて下さい。

 妹の強い表情に気圧(けお)されて広足は黙ってしまった。

困ったことになったものだ。
霞麻呂は霞麻呂であの通り呆(うつ)けてしまったし、妹はまた何か一途に思いつめているようだ。

 広足は、宮廷では人々の気配や言葉の端に耳を傾け、家に帰れば妹の顔色を窺った。

苛立たしい日が過ぎた。

 日夜思い悩むうちに、打つべき対策(て)が段々あきらかな形となって固まってきた。

 霞麻呂を宮廷から遠ざけること。
 手段はこれしかなかった。

 張りつめている郎つ女の気持も、当の相手がいなくなればと溶けてこよう。
心に受けた傷手も時とともに癒されるだろう。

 霞麻呂との婚約もそうなれば自然消滅することになるし、世間には、
あのような人騒がせの、すきもの好色者とは、
こちらからはっきり手を切ったのだといいふ吹聴らすことも出来るわけだ。
奴を遠く追いやってしまうことだ。これしかなかった。

 それには切り札があった。取って置きの。
むろん綾絹の鼓である。女御の若い命を奪ってしまった、あの、怨念の鼓である。

 大連(むらじ)、物部(もののべ)の尾輿(おこし)は広足の訴えを聞いて眉を顰(ひそ)めた。
彼はもとより、霞麻呂と女御との間に兎角の噂があり、これが女御 ご急逝に関わりがあると、うすうす知っていたが、
霞麻呂の温和な性格や勝れた才能を愛していたので、努めて表沙汰にするのは避けたい、と考えていた。
事件以来半月もたち、乱れ立った噂話もようやく静まり、このまま収まりそうだ、と思っていた矢先、この訴えである。

 「女御の御許(おんもと)に綾絹の鼓を奉ったものは、まこと仲ノ連霞麻呂だと申すのか。」

 困ったことを持ち出す男だ、と苦々しく広足を見ながら尾輿は念を押した。

 「その証拠(あかし)はあるのだな。」

 「彼を御召しになって御訊問あれば、すべてが明らかになりましょう。」

 こうなれば捨てて置くことは出来ない。
何としても帝最愛の女性(にょしょう)を傷つけ、死に追いやった原因(もと)となったのは、その綾絹の鼓である。
それを贈ったことが公(おおやけ)になれば、霞麻呂を許すことは出来ない。

 惜しい男だが処置を取ろう。どこか、都から遥かな遠國へ遷そう。
すべての噂が収まる頃、それには三年、いや五年はかかろうが、そのあとで呼び返すこともできる。

 広足には、一切洩らすな、と釘をさして帰した。
それにしても、惜しい男を、譬えいっときとはいえ手放さねばならぬとは、返す返すも残念でならない。

 
これは桂の御所の御内儀(おないぎ)を司どる近江の朝人殿に御仕え致す太郎冠者奴(かじゃ)にござる。
さてもこの度、以てのほかの出待(しゅったい)にて、廷中を上げての一騒動ござり、
我等末輩(まっぱい)に至るまで、何のかのと追い立てられ申した。

 とりわけて御池のほとりは、大樹生い茂り、昼なお昏き有様(さま)にて、何(なに)とやら物恐ろしげにござったが、
このたびの不祥事(まがごと)につけ、池の周辺(ほとり)を切り払い、眺望(ながめ)を開け渡し、
花卉(かき)などもあしらい、都風に打ち改めよ、との御諚(ごじょう)にて、雑仕どもを引き連れ、これに参った。

 如何さま、打ち見れば、鬱蒼たる樹々は光も通さず、
茂りに茂りたる下生えは、池の面を隠すばかりの有様、
何とも凶々(まがまが)しき気配でござる。
昼なおこれでござれば、夜ともなれば、池の中心(なかほど)より、
物悲しげな鼓の音、夜な夜な聞ゆるなど、取沙汰する者も多く、まこと、さもありなんと思う次第でござる。

 ひやッ、これは魂消(たま)げた。
 おのれ、何と蛙(かわず)ではないか。
叢からひょいと飛び出し居って、ひんやり身共が足の上に乗り、思わず膽を冷やした。

 やいやい、雑仕ども。何を戸迷うておる。草を刈り、樹を倒せ、やい。
さるにても苦々しい仕事を仰せつけられたものじゃ。
いかい迷惑なことでござる。
間もなく日も暮れうずるほどに、一同心して仕事を急がずばなるまい。

(続く)

「綾の鼓」その5

.11 2019 父の小説 comment(0) trackback(0)
(三)

 独り残されると、もう女御のお顔から笑いの蔭が引き、夕べの肌寒さに身震いなされた。
苛立たしげに女官を召されて、急ぎ近江の朝人を呼ぶように命じた。

 朝人の顔を見るより早く、激しい言葉で、
池の端(はた)であのように狂い廻る老人を、何故そのまま打ち捨てて置くのか、と叱責された。
訝かしげに見上げる朝人の鈍げな眼を見ると、なおの事、腹立たしくて、
あのような老人をこれほど苦しめる朝人には、ものの情(なさけ)もないのか、
と果ては御眼に涙まで浮かべてのお叱りである。

 ともかくも朝人は一(ひと)っ飛びに庭へ飛び出し、汀(みぎわ)を小走りに駈けて行った。

 間もなく近江の朝人は急ぎ取って返した。
老人の姿が見えない、というのである。

池のほとりには、桂の枝ごと引き千切った鼓が打ち捨てられ、
老人の穿(は)いていたらしい木沓(ぐつ)の片方が、汀の泥に半ば埋もれ、
片方は池の面(おも)に漂っていた、と見たままをつけ加えた。

老人が入水したことは明らかだったし、その原因もはっきりしていた。

 女御は一言も仰せられず、御(おん)頭(つむり)が痛むと云って引き籠られた。

 夕月が蒼黒い空にさし出た頃、女官が御(お)頭を冷やすために御部屋へゆくと、
眠られたのか、女御は御(おん)床の中で身じろぎもしなかった。
けれども、燭(あかり)を灯(とも)して、女官がお側へ寄ると、
くるりと灯に背を向けて、夜具をひき被(かづ)いてしまう。

涙が枕を濡らしていた。
御熱(おんねつ)もある様だったので、典薬の頭(かみ)を呼びにやるなど、朝人は急ぎ手配をした。

 深更に及んで、典薬の頭が参内した時には、女御は御部屋におられなかった。
御床にはまだ温(ぬくも)りがあった。
女官の一人が、
先程のこと、気分も爽やかになったから庭など歩きたいと云い出されたのを、きつく御止め参らせたことを告げた。

 昼の中からもってのほか意外な事ばかり仰せられたことなど考え合せ、
人々は、何がなし不安に駆られて顔を見合わせたが、
中にも朝人は、ずっと御附添参らせなかった女官の不用意を叱りつけ、
舎人(とねり)どもを呼びにやる一方、守殿の司(つかさ)、来目(くめ)の首人(おびと)の許へ人を走らせた。

 女御は、池のほとりに佇んでおられた。
 ちょうど、月は中天(なかぞら)にあり、昼のように明るいが、
万象は底深い静寂(しじま)の中に、森々(しんしん)と眠っているようである。
月を浮べた池の面にも漣波(さざなみ)ひとつ立たない。
 素足をつたわって、沼の冷気がお肌にのぼるのにも気づかれず、
女御は、じっと耳を澄ましている。

鼓の音(ね)が聞えたのである。
御部屋へ伏っておられる耳に、微かに、けれども調子正しく鳴り響く音(おと)が、
女御をこのあたりまで誘い出したのである。

 別段の恐ろしさも感じなかったし、こうして、現(うつ)つに鼓の音(ね)を聞くことの怪しさも思わなかった。
ここまで来て、音(おと)が急に絶(とぎ)れてしまったことだけが悲しかった。

 身じろぎもせず待ちつくしている女御の顔に、次第に、恍惚((うっとり)と夢みるような輝きが浮んできた。
かすかに、韻律正しく打つ鼓が再び聞えて来たのである。
音(おと)は池の底から聞えるようであった。
女御はもう疑わなかった。紛れもなく、彼の老人が打つ鼓の音(ね)だと信じた。

 聞える、聞える。
音(おと)は次第に高く、調子を速めて来た。
森閑とした樹立(こだち)の闇の奥深くへ秘(し)み入って、
とうとうと鳴り渡る反響(ひびき)でそのあたりをいっぱいに満たした。

 聞える、聞える。
音(おと)はますます高く、ますます速い。
息継ぐ隙もない乱調子となり、切なさを訴える老の息吹きかと思えば、
無上の歓喜(よろこび)に舞い狂い、ただら打つ乱打と変った。

女御は一瞬(ひととき)、確かに見た。
池の面を駈け、身を揉み砕くまでに打ちつづける老人の姿を。
しかし、やがてそれも掻き消え、つづいて月光に映え銀色(しろがね)に輝く池の漣(さざな)みも消え失せ、
黒々と身近く迫っていた森蔭も視界から失われた。

 夏空の綿雲のように軽く、女御は大空を飛行(ぎょう)しているらしい。
眼の下を森や川が流れすぎるように見えるが、それも定かではない。
銀(しろがね)の箭(や)のように光が降り注いで、五彩の虹と変り、
女御は目も絢(あや)なその光の中へ吸いこまれるように飛びつづける。
鼓の音(ね)だけがいよいよ冴え、いよいよ急調子で、女御の心を歓喜に満たして鳴り響くのであった。

 篝(かがり)をかざした舎人(とねり)の群が八方に散って、
間もなく、池の辺(ほと)りに打ち伏し給う女御の御姿をみつけた。
注進(しらせ)を受けるまでもなく、
樹立を洩れる篝火の群れ動き、唯事でない人々のざわめきに気づいた朝人は、
典薬(てんやく)の頭(かみ)を促がすより早く、階(きざはし)を一気に飛び降りて、宙を飛ぶばかりの勢で転(まろ)び走った。
その足ががくっと止り、朝人は見た!

 池の水に半ば顔を浸し、俯向(うつむき)に汀の砂に倒れ、
黒髪は八方に拡がって水にそよいでいる。
月光を受けた横顔は月魂(つきしろ)のように白い。

 典薬の頭(かみ)が抱(いだ)き参らせ、
御座所まで運んで、御顔についた泥などを拭い、
敷き延べた褥(しとね)に横たえ参らせた。
池の水にしっとり濡れた髪(おんぐし)を拭き取ったり、すき上げたりしながらも、
怖れと悲しみで、女官どもは咽(むせ)び泣くばかりである。

 朝来の御異常、夕刻よりの発熱の模様など、交々(こもごも)女官どもの訴える言葉に首肯(うな)づいた上、
典薬の頭(かみ)は、唯ならぬ衝動で御(おん)気脈が乱れ、玉の緒も空しく杜絶(とだ)えさせ給うたものである、
と重々しく朝人に告げた。
朝人は何度も何度も肯づき、老人の妄執を思いやって、身を慄わせるのであった。

(続く)

「綾の鼓」その4

.10 2019 父の小説 comment(0) trackback(0)
 広足を訪ねよう、と考えたのは、さまざまな心の綾を断ち切るにはそれしかない、
と思ったからである。
例の鼓を女御に奉ったとき、
それが、美しく我が侭な御女性との絶交状にほかならぬことを信じてはいたが、
その痕(あと)にできた自分の心の空虚(うつろ)さには思い至らなかった。
どこかに出口を求めようと迷いつづけるうちに、郎つ女の顔が浮んだ。
熱意を面(おもて)に現わして、妹を伴侶にすすめてくれた広足の言葉の節々まではっきり思い出された。

 いま、自分の胸底にほっかり開(あ)いた空虚(うつろ)さを埋めるのは、
浦部の郎つ女を於てほかにないことが、神霊の御告のように頭脳(あたま)を掠めた。
郎つ女は、七分咲きの桜の花を思わせる、清らかで香り高い娘だ。
慎しみ深く、努めて眼立たぬように心掛けてはいるが、
際立った美しさは数多い女官の中でも、流石に人の心を魅かずにはおかない。

春の夜遊の歌合の折、朧ろ夜の桜のように、人目につかず、咲いて散ったほうが、美しさも、もののあわれも、
いと立ち勝って思われる、といった意(こころ)の歌を詠んだのを、歌の情(こころ)も言葉の調子も美しいが、
これをよ詠んだ女性こそ、それにも勝して美しいひとに違いないと賞めたところ、

(霞麻呂にはこの歌の作者が誰であるか充分承知の上で賞めたのだが)

豊かに白い頬を火のように染めて、
霞麻呂を怨ずるように凝視(みつ)めた双眸(まなざし)を、いまも鮮やかに覚えている。
 いま、ほかの誰も考えまいと思った。考えたくなかった。
一途に、郎つ女の黒髪、黒い眼、白く、なだらかな項(うなじ)を考えつづけていればよかった。

 広足は時ならぬ友人の訪問を訝かりながらも悦んで迎えた。
部屋へ通されると、時候の挨拶も、そのほかの前置も飛ばして、
 「広足よ、何時(いつ)ぞやの妹君のことで参った。郎(いら)つ女(め)をわたしの嫁にくれまいか。」

 顔をみるより早くこう云われて、広足も驚ろき呆れるのだが、
よほど急いで来たのか、それとも何か心の亢奮(たかぶり)を抑え切れぬためか、
荒い息で肩を上下させている相手の表情(かおいろ)には、戯れの蔭(かげ)ひとつ見えなかったので、

 「そうか娶ってくれるのか、」

 「いや、そなたから頼まれて娶るのではない。私の方から望み申すのだ。」

 広足の顔は喜びで輝いた。

 「おお、まことは、そうなくては叶わぬところだった。
そなたが娶りたい、といわれる。それこそ、わたしが待ち望んでいた言葉だからね。
わが妹ながら、仲ノ連霞麻呂が嫁取(めと)るほどの女なれば、
天(あめ)が下に隠れもなく、人の風評(うわさ)も一段と喧(かし)ましいことだろう。
望まれてこそ、その譽も高く、兄としてこのわたしも、郎つ女の身の幸いを誇れるというものだ。」

郎つ女の譬(たと)えようもない喜びと
(どんなに彼女が羞らいの中にその悦びを隠そうとしても、兄の広足の眼はごまかせないだろう)、
たとえ現在の身分は低くとも、正しい家柄に生まれつき、
前途にも恵(めぐ)まれた貴公子を我が一門に加える喜びに酔うて、広足はひとりではしゃいでいたが、
やがて、当の霞麻呂の方がそれほどのはしゃぎも見せず、
むしろ、その面(おもて)には冷たい落ちつきと、何やら寂しさの蔭さえ読みとれたので、

    やはり この男には屈托があったのか。
そういえば、今日の切り出し方は余りに唐突だった。
 
と改めて霞麻呂の挙動(そぶり)に心を配りながら、
表面(うわべ)だけは何も心づかぬ態(てい)をしたのである。

広足は思い出す。
この前、郎つ女の話を持ちかけた時、
自分には差当って解決(きまり)をつけねばならぬ気持ちの問題がある、と云ったことがあるが、
その重い口調(くちぶり)にも(今にして思えば)心進まぬながら、
無理にも断ち切らねばならぬ懊悩(なやみ)が秘んでいるように感じられた。
 そして今日の、意気込んだ切り出し方といい、
我から望む、といいながら、ありありと読みとれる諦めの表情(いろ)といい、
これは何を意味しているのだろう。
広足の心にある女性(にょしょう)の姿が浮んだが、
素早く意識の外に押し出し、冷静なこの朝臣は、
先ほどからの嬉しげな表情(かおいろ)を少しも変えず霞麻呂を遇(もて)なすのであった。

 館の司が差向けた雑(ぞう)司がやって来て、女御の火急な御召しを伝えると、
霞麻呂の顔にさっと血の色が潮(さ)した。
つい今しがたの冷静(おちつき)は、作り物のように壊れ、
広足をちらりと視る目は許しを乞うているようであり、
ほかならぬ女性のおん召である以上、従わぬわけには行かない苦衷を訴えるかにも見える。
心の乱れが手に取るように窺(うかが)われるので、
広足にも友人の悩みが(やはり思った通り)
朱雀の女御と深い関連(つながり)があることが首肯(うな)づかれた。
だから、雑仕の牽(ひ)いて来た駒にうち跨った霞麻呂がふり向いて、

 「約は互いに違えまいぞ。」

と云い残したのも、広足への念押しにこと寄せて、
実は彼自身の決心を固めるために云った言葉だということがよく解ったのである。

 霞麻呂は中門の脇に馬を繋(つな)いで、独り奥殿へ進んだ。
陽が西に傾きかけて、奥殿の階(きざはし)が玉砂利の上へ長い影を落している。
殿上からは今日も管弦(かげん)の音が従容(ゆったり)と聞え、
ちらりほらり行き交う人影も見える。
霞麻呂は奥殿の勾欄が落している日陰の中へ足早に入り、人目を避けて昼の御座所へ急いだ。

 この朝奉った歌が、どのように女御の御胸に受取られたか、
考えてみれば覚束かぬことである。
悪うはお取りなさるまいが、さりとては、この火急の御召は何としたことであろうか。
霞麻呂はここまで来る路々考えて来た歌をもう一度まとめて見た。

  路ならぬ想いもこめし綾の鼓
     音に立たずとも恋いわたるべき

 このような歌をどうしようというつもりだろう。
いやいや、これは女御に捧げようというのではない。
独り詠み出でて、独り忘れ去るべき歌反故(ほご)に過ぎない。
 そう自分に云い訊かせながらも、
歌の韻律は血潮とともに、霞麻呂の胸を高鳴って流れるのである。

 女官に伴われて、御座所近く平伏(ひれふ)す霞麻呂を、女御は振り返ろうともなさらない。

 東(ひんがし)の方(かた)に開いた窓は御簾(みす)を下ろさせたので、
部屋内(へやぬち)は昏れ刻(どき)のような暗さが漂っている。
かねて云いつけてあったのだろう、女官は一礼すると足音もなく退って行った。
 女御は外(と)の面(も)に真直ぐ顔を向けられたまま、
霞麻呂に傍(かたわ)らへ来るように御命じなされたが、
その御口調(おんくちぶり)に否みがたいものがあったので、霞麻呂は座をすべって、御側近くへ伺候した。

 そのあと、女御は何とも仰せ出されない。
依然として外(と)の面(も)をじっと凝視(みつ)めておられる御様子である。
 部屋内の昏さにひきかえ、外は明るかった。
御簾(みす)を通して、澄み渡った蒼い空の一部と、西からの陽を受けて、
目も醒めるような若葉の色を萌え立たせた池汀の樹々が鮮やかに臨まれる。
池の面を時折燕(つばくらめ)が飛びかい、
微風(そよかぜ)が作り出す波の紋も陽光を受けて、ゆるやかに拡って行く。

 無言の静寂(しじま)の中で時が流れ、ようやく霞麻呂は、
女御が先ほどから何かを一心に凝視(みつ)めておられるのに気づいた。
その御視線(おんまなさき)は、桂の池の対岸(むこうぎし)に何やら蠢(うご)めくものに向けられているが、
そのあたりは樹の蔭も殊(こと)のほか深く、すぐには何のことか解らない。
けれども御簾(みす)を通して定かならぬ眸(ひとみ)を凝らすと、どうやら人影のように見える。
いや、確かに人影である。
何者かは知れぬが、池を囲んで密生した桂の茂みに向い、
躍(おど)りかかり、挑みかかっている態(さま)に見えた。

 霞麻呂は何とも怪訝な思いに包まれた。
急な御召と、池の彼方で不可思議な振舞をしている者との間にどんな関係(かかわり)があるというのだろう。
女御があまりいつまでも黙って居られるので、たまりかねて、
 「あれは何でござりますか。」
と訊かずにはおられなかった。

 この問いを待っていたように、女御は突然振り向かれた。
黒く光る眸(ひとみ)をきつと霞麻呂の額に注ぎ、
唇(くち)もとには微かな笑(え)みを浮べられている。
白い御手を伸ばして文机から何やら取り上げると、霞麻呂の膝さき先へ、はらりと投げ与えた。
 女御の挙動(そぶり)には何とも訝かしく、それでいて、霞麻呂の心を竦(すく)ませる厳しさがあった。

躬(み)をかがめて手に取ってみると、短冊に、見慣れた御筆跡で、次のように詠はれていた。

  つきこめし心のたけの音に立てて
    綾の鼓は鳴らせてしがな

 思い詰めた心のありったけをこの鼓につき込めたら、綾の鼓でも鳴ることがあるだろうか、
もしそうだとしたら是非とも鳴らせてみたいものである。

 歌の意を詠み取ると、霞麻呂の中に様々な想念(おもい)が奔(はし)り流れた。

つい先ほど詠んだ歌を懸命に思い浮かべ、さて、それを申上げたものか、
このまま平伏(ひれふ)して次の御言葉をお待ちしたらよいのか、思案に暮れた時、女御が訊ねられた。

 「その歌の意味(こころ)を、霞麻呂、そなたは何とお取りになりました?」

 「はい。」と云ったものの、答え兼ねていると、

 「そなたは、女心の悲しさをわたしが訴えたものと、誇らしさで胸をいっぱいにしているでしょう。」

女御の静かな口調に、冷たい響きがあるのを感じたが、追いう討ちをかけるように、

 「霞麻呂よ、そなたは、綾の鼓が鳴るものか鳴らぬものか御存知ですか。」

 この静かな話し方には激しい憤りが秘められているのだ、と気づいたが、即座にはどう答えてよいか判らなかった。
 
「鳴るか鳴らぬか、そなたは御存知ない、そうですね。ですから、それを教えて上げようと思うのです。」

 女御はお御言葉を切って、再び、御簾の外へ眼を移された。

 「ごらん、そなたにも見えよう。彼處(かしこ)で、一人の男が、長い長い間、鼓を打ちつづけているのです。
正(まさ)しく、そなたが下された綾の鼓をですよ。聞えますか、霞麻呂、そなたには鼓の音が聞えますか。」

 「女御よ、その男は何者でござりましょうか。」

 「年老いた庭掃の雑仕(ぞうし)です。醜く、賤しい生れながら、私の身を恋い慕うと聞いたのでか彼の鼓を与えました。
そなたもいう通り、鏑(かぶら)矢の根のように、思いつめれば鼓の音も立とうかと思ったので。」

 「その鼓が綾絹で張られたことも知らせずにでござりますか。」

 霞麻呂は幾分慄える声ながら、非難の言葉を返さずにいられなかった。
けれども女御は冷たく笑って、切りつけるように答えた。

 「綾の鼓と知っては誰だって一心も籠(こも)りますまい。
身勝手にこのわたしを責める前に、高慢なそなた自身をふり返ってごらん。私に向けたそなたの仕打を。」

 こういう中にも、女御は勝ち誇った笑いを堪え切れなくなって、御衣(きぬ)の袖を御口に当てられた。

 「それそれ、ごらん。
あんなに狂い打って。
何と、そなたには聞えぬとや。
あれほどはっきり打つ音がそなたの耳には入りませぬか。」

 女御は池の彼方を眺め、霞麻呂に眼を移し、身をよじらんばかりに御笑いなされるのである。

 霞麻呂は退出を乞うて、御許しも待たず、御(おん)前を引き下がった。
階に立って、蒼冷めた額に冷たく浮ぶ汗を押し拭った眼に、涙が光った。

(続く)

「綾の鼓」その3

.09 2019 父の小説 comment(0) trackback(0)
(二)

 女御の御(おん)使が見えた時、霞麻呂は館にも、宮廷にもいなかった。
朱雀の女御からの火急の御召しとあって、
年老いた家の司(つかさ)は雑仕どもを、心当りのおちこちに散らせたのであるが、
恰度その頃おい、霞麻呂は織部の朝臣(あそん)広足(ひろたり)を、その館に訪ねていたのであった。

 女御に鼓を参らせるまでは、やんごとなき女性(にょしょう)のおん為とは申すもおろか、
この身の立場を守るためにも、他に手段(てだて)はないと一途に思いこんでいた。
鼓を包んだ服紗を、心利いた女官に托して御座所を退出する間際まで、
かく信じて疑わなかったのに、一足、表へ踏み出し、
西空の茜(あかね)に染みた雲の切れ切れを見た瞬間(ひととき)、
予期もしなかった寂しさに打たれ、足許が崩れるような頼りなさに襲われた。

 手の中の珠(たま)を失ったような、生きる支えとなってきた何かを、
いきなり取り去られてしまったような、譬(たと)えようのない寂しさである。

 これまで、ほのぼのと心を温めていたものが不意に失われて、
どんなものをもってしてもその間隙(すきま)を埋めることはできない。
これからの毎日は、冷たく、生き甲斐のないものになることだろう。

 こうした想いは、稲妻のように一瞬、霞麻呂の心に閃いただけであるが、
その雷光(いなづま)に胸裡(むなうち)を切り裂かれてしまったように、
足許も覚束なく館に立ち戻った。
他人(ひと)がこの時の彼を見たら、
とりとめなく魂を奪い去られた呆(う)つ気(け)ものとも見ただろう。
 揺れ動く定めのない心の中で、ようやく気づいたのは、
このままでいたなら、我れと我が見を制えもやらず、
感情(こころ)の赴くままに、どこまでも押し流され兼ねない頼りなさであった。

「鼓を進呈し奉る」ことによって、
自分の心の奥底に潜んでいた女御への思慕を一思いにふっきれる、
とばかり思っていた霞麻呂の計算(めやす)には、
思いがけぬ狂いがあったのだ。

その狂いとは、自らの迷いが招き寄せた、自分の理性を裏切ろうとする心の揺ぎであった。
 辛うじて取り戻した現(うつ)つ心で、
霞麻呂は心の動揺(ゆらぎ)を押し測っていた。
御座所を辞した直後に息吹(いぶ)き初(そ)めて、
いま自分を破滅の淵へ押し流す心の嵐に膨れ上ろうとするこの恐ろしい動揺から、
女御への思慕から、何としても脱け出さなければならない。
さもなければ一身の破滅である。
その時、織部の広足の顔が、ふっと頭に浮んだのである。

 広足とは歌合せの宴や蹴鞠(けまり)の会(え)の折よく顔を合わせる。
その深い学識や、どちらかと云えば、歯に衣を着せず、
宮廷の上司(うわやく)をずばりと評しさる考え方に共感がもてるので、
近来特に親しく往来(ゆきき)している。
その広足がつい半月まえのこと、こんなことを云ったのである。

    霞麻呂よ。そなたのような男が長くひと独り身でいるのは、
とかく、人をも身をも苦しめることに成り勝ちだ。
いやいや、世上の噂だけでも口五月蝿(うるさ)く、
いつかは、その身に禍をもたらすかも知れぬぞ。
どうかね、そなたには身上(み)を固める気持はないのか。

 霞麻呂は、唐突な友人の言葉に顔を赫(あか)らめた。
  自分とて、すぐ去る年、妻に死なれて、
寡(やもめ)暮しの不自由さにはほとほと疲れてはいるが、
たかだか大工寮の一役人である上、
御承知のとおり二人の遺子を抱えては、浮名の相手としてならともかく、
この身と伴白髪(ともしらが)を契ってくれるような女性(にょしょう)がいるとは思われない。
平素思っているとおりを答えたが、
広足は笑って、
いやいや、仲の連霞麻呂ほどの男が、
これはまた、何と内気な考え方を聞くものだ。
その実、そなたに思いを懸ける女性が多すぎて、
ただひとつの身をもてあましているのであろう。
しかしいま、
そなたが云われた「二世を契る女性がない」という言葉を真に受けて、
思い切って切り出そう。
こう云って広足は瞬きもせぬ眼で霞麻呂を凝視(みつ)めた。

    そなたに娶(めと)ってもらいたい女性がある。

広足は言葉を切って、友達の反応を窺ったが、
相手がそれほど心を動かすさまには見えないので幾分落膽しながら、
それでも思い切って云った。

    どうであろう、この広足の妹、浦部の郎女(いらつめ)では、
御身に不足だろうか。

 広足の言葉はいつも平素の快よい滑らかさがなく、
妙に喉に搦むような調子だった。
いつになく、控え目で内気でさえあった。
彼は妹を愛している。
妹の気持ちも充分知っている。
郎女(いらつめ)の口からかようなことを頼まれたわけではないが、
もしや彼の口添えで霞麻呂の意(こころ)が妹へ動いたなら、
愛(いと)しい妹の悦ぶ顔が目に浮ぶようにさえ思えてくる。

 霞麻呂も親友の妹はよく知っていた。
数多くの女官の中でも、うら若く、才色ともに勝れた浦部の郎女を、
まるで自分の妹のように思っていたから、
広足から、その名を出されると反射的に、
清浄(きよらか)で愛くるしい彼女の面影が心に浮んできた。
ただあまりに身近かで、あまりに屡々(しばしば)顔を合わせて来た彼女を、
将来の伴侶とする、などと考え合わせたことは一度もなかった。

 広足の申し出に驚かされながら、
その面(おもて)に真剣な色を見てとると霞麻呂にも、
この話が徒(あだ)やおろそかなことではない、とすぐ判った。
 自分の数ならぬ身を、それほどに考えてくれる好意は身に余って嬉しい。
と、霞麻呂は心から頭を下げて答えた。

    郎つ女は愛らしく幸多い乙女で、.
不足どころか、自分のような者には勿体ないほどだ。
けれども男女の縁(えにし)には合性もあることだし、
これは自分ひとり個人のことだが、
近頃頓(とみ)に煩らわしいことのみ多く、
差当って決着(きまり)をつけねばならぬ気持ちの上の問題もある。
いまは訊いて下さるな。
どう成りゆくか、今の自分には解らぬことながら、
もしも、わたし、霞麻呂の望むように解決がついたなら、
妹御の話は改めてこちらから御返事しよう。

 霞麻呂の答え方には誠心(まごころ)が感じられ、広足を満足させるに充分であった。
広足には、それとなく云った親友(とも)の「気持ちの上の問題」が何であるか解っている。
霞麻呂に対する朱雀の女御の御懸想(おんけそう)の噂は、
ひそやかに、広く宮廷にひろがり初めていた。
それだからこそ、広足は、
このいま忌わしい噂が抜差しならぬところまで発展しないうちに、と、
親友の身と妹の心情を思い、話を切り出したのである。

(続く)

「綾の鼓」その2

.08 2019 父の小説 comment(0) trackback(0)
 かの鼓は、昨夜、仲ノ連(むらじ)霞麻呂から女御のおん許に届け参らせたものである。
捧げもった女官の手から、霞麻呂の届けものを受け取られると、
直ちに女官を退らせ、心急(せ)かれて震える指先で服紗(ふくさ)をひもとかれた。
美々しい一張の鼓が出てきたのをお手にとって、とくと調べると、
思いのほか、これは綾の鼓であった。
革を張るべきところを、生目の細かい綾絹で替え、
よくよく見なければそのけじめ区別もわかち兼ねるほど、たくみにしつらえてあった。

 一首の歌が、筆跡も美しく添えられていた。

 鏑(かぶら)矢の、音にこそ立たば綾の鼓
   鳴りてぞ君が心知りてむ

 綾の鼓……綾の鼓……。
繰り返して呟やくうちに、女御は美しい眉を嶮しくひそめられた。
歌の意(こころ)が解けてきたのである。

 一心こめて放つかぶら矢の根が的を射ぬくように、
誠心(まごころ)こめてお打ちになるなら、
綾絹の鼓も鳴ることがありましょう。
もし綾の鼓が鳴りひびいたら、そのとき時こそ、
この私、霞麻呂も、
先つかたからの女御の仰せをおん戯れではなく、
まことの御言葉として御受けすることができるのです。

 こう耳もとでささやかれたような気がして、
女御は、きっとお顔を上げられた。
黒い瞳に激しい怒りの色が奔(はし)った。
 なんという高慢さであろう。
何と己(おの)れひとりを高く持して、
己(おの)が才幹をこれ見よがしのやり方をする男か、
と女御は霞麻呂の仕打が、
憎しみ足りぬほどに憤(いきど)うろしく、
唇をかみしめ、白さを越して、蒼ざめた両頬に掌(たなごころ)を添え、
高鳴る胸を押しよぎってゆく怒りの静まるのを待たねばならなかった。


 その頃、宮中に隠れもない美貌と才気で、
若い女官の心を空虚(うつろ)にさせていた仲の連霞麻呂の姿が、
いつの頃よりか、女御のみ御心にも深く刻まれ初めた。
四季折々に催される御歌合せの催しに、
女御は異性に捧げる熱い情を籠め歌って、
御歌所の寄人(よりうど)達が、
高らかに、朱雀の女御の御歌と前触れて歌い上げる時は、
この歌こそ、そなたに捧げし我が意(こころ)よ、
という想いを眼眸(まなざし)にこめて、
霞麻呂の面をひたと打ち眺めたことも一度や二度ではない。

 しかし霞麻呂は常に慎しみ深く、
この熱視(まなざし)を避けて、
女御の御心の近寄る隙さえ見せなかった。
空ゆく雲のように、漂々として、
情(つれ)ない風情(そぶり)で終始するのであった。
けれども女御には解っている。
怜利な、この若い廷臣に、
女御の心を読み取れぬはずはなく、
充分それと気附いていながら、
身分や立場の手前を怖れて、
ことさらに女御の御眼を避けようとしているのだ。

 歌にこと寄せての恋文が宮廷の上下に交わされていたのは、
この御世の習わしであったから、
女御もそうした歌をものして、
直接、霞麻呂に贈られたことがある。
霞麻呂は返し歌さえおこさなかった。
女御は憤りを押え、更にいま一度贈り給うたが、
この度も、この若者は敢えて無視し奉った。
戯れとして、尊き御身から臣下の者共に恋歌の贈られることは、
この時代(みよ)の雅びな遊びであったから、
臣下も、こうした光栄を悦び、
進んで返し歌を奉るのが慣わしであり、
礼儀でもあった。
にも拘らず、霞麻呂が敢えて返し歌をお贈りしなかったのは、
女御の御心に、そうした遊戯(たわむれ)だけに止まらぬ、
もっと深く切実な、秘められた願望(ねがい)を感じとっていたからである。
お歌そのものは、その頃ありふれた云い廻しで、
格別、心の深さを打ち明けてはいなかったが、
それが、過ぐる日々の歌合せの席で、
自分に注がれたまなざしや、
先つ頃催された野遊(やゆう)の宴の折、
あたりも憚(はばか)らず、
その美しい御唇から熱い吐息のかかるばかり近々と寄り添うて、
黒々とした双の眸(ひとみ)に、きらめく光を湛(たた)えて・ ・ ・ ・
ひたむきに自分を見上げ給うた事などと結びつけ合わせると、
霞麻呂は、容易ならぬ立場に立たされたことを感じるのであった。

 それは恐ろしいことである。
類(たぐ)いなき美しさに恵まれたこの、
やんごとなき御女性(にょしょう)であるだけに、
若い霞麻呂にとって、恐ろしさは幾層倍にも感じられる。
仮初めの戯れさえ、帝の恩寵を思えば慎しむべきであるのに、
女御のこのような御心を受け参らせたなら、
御身分のほども打ち忘れ給うて物に狂い給うよ、
と口さがなき宮中に浮名を流し、
帝の御憤り、御一身の将来(さきゆき)もさることながら、
その御相手を仕(つこ)おまつった自分、
霞麻呂の末路こそ、恐ろしくも哀れなことであろう。

 こうした周到な心遣いも、女御のおん歌が三度目に及んでは、
そのまま打ち捨てて置くこともできなかった。
今となっては、強く諌め参らせ、
執拗なまでに深い女御のみ心を、
現実(うつつ)に御返し申すような手段(てだて)も講じなければならない。
このように思案を重ねた霞麻呂は、
綾の鼓に一首を添えて、女御に勤える女官の手に托したのである。

 歌の意(こころ)には、
 どれほど思ひを籠めても綾の鼓が到底鳴り渡らないように、
二人の想いがどう昂(たか)まろうと、
御身分と立場の懸隔(ひらき)は如何ともする術(すべ)はなく、
互いに叶わぬ恋と諒らめるほかはありません。
どうぞ、み心を鎮め、霞麻呂がことはお忘れ下さいますよう、
という意をこめた心算(つもり)であった。

 女御は、しかしながら、そうはとらなかった。
女心を嘲けられ、
手の届かぬところから霞麻呂が、
その美貌と才智を誇っている、
と一途に思いこんでしまうのである。
 物思いはすべて歌に仮托し、
遊びと雅びの世界にいつしか女心を沈淪(ちんりん)してしまう宮廷人(おおみやびと)の中にあって、
女御はひとり、一途に激しい御気性を隠しもやらず、
ひたむきに、み心の動くままに生きようとなされる御方であった。
さればこそ、鼓にことよせる霞麻呂の志は届かず、
かえって、ひたすらな女の情(こころ)を慰みものにすると誤まれて、
愛憎の思いは一入(ひとしお)、
女御の御心を掻き乱したのは是非もない成ゆきであった。

 灯皿にともした燭の光(あか)りがほそぼそと消えがてになるのも知らず、
どれほどの時が過ぎ去ったかも思わず、
女御は、綾の鼓を打ち眺めては、
やりばのない憤(いきどおり)に身を震わせた。
初夏の候とはいっても夜深けては、池の面から漂よいこむ夜気が肌寒く、
御案じ申し上げた女官が夜着(やぎ)を御肩から被(かづ)き参らせたのにも気づかれなかった。

 ややあって、胸の激動(さやぎ)も幾分鎮まったので、
文机(ふづくえ)から短冊を取り出し、
暫し思いを凝らされたのち、すらすらと認めた。
高慢な男の胸にこたえるほどの返し歌もがな、と思うのであったが、
かほど心を悩ませたあとでは、歌心も萎痺(いび)したのだろう、
何枚も何枚も書き捨てて、いたずらに反故(ほご)の数ばかり増すのみであった。

 寝苦しい夏の短か夜が明けて、今朝のことである。
女御は微かな笑い声を聞きふと眼を醒まされた。
昨夜は、夜衣を被(ひき)いたまま、文机の上に顔を押し伏せて、
この御座所に眠り明かしてしまわれたのである。
 朝ごとの御儀の支度など取急ぐため、
渡り廊下を打ち過ぎる女房共の声が御耳に入って来る。
帝上のおん前での堅苦しさから解き放された女房どもの端たない戯れ言よ、
と眉を顰められたお耳に、
ふと女御の御名の出たのを聞きとが咎め、
廊の一隅に身を潜められた。
さらでだに、昨夜来のことがあって心の昂(たか)ぶりは去りやらず、
かような戯れ言も聞き捨てに過ごす事ができかねたのである。
 けれども、もしやと思う霞麻呂の名も聞かれず、
賤しげな庭掃きの雑仕の果敢(はか)なき恋心を笑いの糧にしているのに心づかれると、
おん前の殊勝(しお)らしさにひきかえて、
蔭に隠れてはいつもながらの淫らな話題(はなし)に打ち興ずるもの女どもよ、
と苦々しく眉を寄せられ、御身繕いも早々に、朝見の間に急ぎ給うのであった。

 然し、何やら心にかかるものがあって、
朝見の御儀が済むと、女房どもを召し、
先程の噂語りをせよと命じられた。
当の女官は顔を赤らめて当惑げに、
おん耳に入れるさえ怖れ多き下々の風評(うわさ)に過ぎぬことと、
寛(おゆる)しを乞い奉ったが、
女御はいつかな聴き入れ給わず、
果ては怒りの色さえ御顔に現れたので、
近頃、庭掃の老人の中に、
怪(け)しからず、女御の御姿を恋い参らせるもののある由を、
懼る懼る御話し申上げた。
女御は聞き終ると、意外にも興深く思われたご御様子で、
暫くは微笑(わら)っていたが、その笑ひの中から、
ひとつの考えが、次第にある形を取って来たのであった。

 もしもその庭掃の雑仕が、偽りない恋心を抱いているものならば、
定めし、身分の距(へだた)りに心を苦しめていることであろう。
叶うべくもない想いに心魂を砕いていることであろう。
わが身は、あまりに高い身分に束縛(しば)られ、
彼の老人は、遥か下賎の身を怨むのは、
奇(く)しくも似通った境遇ではある。
そうだ、その老人に、あの鼓を打たせて見よう。
まことに彼こそ、綾の鼓を打つにふさわ相応わしい男に違いない。

 女御はこの考えに自ら興奮(たかぶ)られ、
とめ度なく、先へ先へと思いを進められるのであった。
 老人が鼓を打つ折には、是非とも霞麻呂を召して、
その態(さま)を見せてやらなければならない。
思い上った不実が人の心にどんな苦しみを与えるか、
眼のあたりその有様を、とくとく思い知らせてやろう。
その時こそ霞麻呂は、踏みにじった女心の怨みの深さを悟るに違いない。

 女御は、この思いつきに、急に心がときめき、
一刻の躊躇(ためらい)もなく朝人を召されたのである。
その時、ふっと、年老いた庭師が、
それとも知らずに綾の鼓を狂い打つ態(さま)を思い描いて、
悔の念(おもい)が針となって心を刺すように感じられた。
けれども、こんな逡巡(ためらい)も一瞬(ひととき)の間で、
女御は、形のよい唇を強く噛みしめ、
霞麻呂の周章(あわ)てふためくさまを思いやって、
美しい瞳(め)を輝かされた。

(続く)

「綾(あや)の鼓(つづみ) 」その1

.07 2019 父の小説 comment(0) trackback(0)
父が亡くなってちょうど10年の歳月が過ぎました。

父は書くことが好きで、大学の時に懸賞小説に入選したこともありましたが、
戦時中のこともあり生活のため、小説家の夢は捨て、
サラリーマンとして生計を立てる道を選びました。

仕事をしながらも、少しずつ小説書きためていたようですが、
未完のまま段ボール箱に放り込んで、退職後、何本か完成させた小説があります。
死後残された膨大な量の書き散らしの中から、完結したものをご紹介します。

親孝行らしいことを何もしてやれなかった父親への
せめてもの供養になればと思います。

最初にご紹介するのは、謡曲「綾の鼓」を土台に創作した怪しげな小説です。
革ではなく、打っても鳴るはずのない綾絹を張った鼓を巡って話が展開されます。


綾の鼓

(一)

 かように申す者は、
木(こ)の丸殿にお仕え致す大紫冠、
近江の朝人(あさひと)と称ばれる臣下である。

 そもそも、木の丸殿とは、
人皇第三十七代欽明の帝、
百済を敵(かたき)夷(えみす)より救われんがため、
西征の軍(いくさ)を起さしめなされてからこのかた以来、
筑前の國朝倉の郡(こおり)に、
橘の広庭(ひろえ)と申す者の邸を仮宮と定め、
遷らせ給うたのであるが、世に呼んで木の丸殿と申し上げるものである。

 慌ただしくも遷宮遊ばされ給うこととはなったが、
流石に御稜威(みいづ)のほどはあって、
この新殿(あらどの)は、
飛鳥の宮を凌ぐ結構と申し、
遠く筑紫の山際(ぎわ)まで続くかと思われる御庭の広さと申し、
ただただ驚くばかりで、
先つ方、
初めて朝貢(ちょうこう)致したる新羅(しらぎ)の御使者どもも、
膽(きも)を消されるばかり、
我が御稜威(みいづ)の大いさを思い知ったげであるが、
誠に、
この御殿に並いる百官卿相、妍(けん)を競うく貴淑(きしゅ)才媛を前にしては、
いかな外(と)つ國の王侯とて、
魂(たま)を奪われずに居られるものではない。

 さてもここに、
木の丸殿の一隅、桂の宮にお仕え申す、
御庭掃きの老人が居り申した。
逝(い)ぬる春のひととき、
帝、散りゆく花を惜しませ給い、
桂の御池近く、
野遊(やゆう)の宴を催され給うたことがあったが、
供奉し奉つる顯紳華淑の中にも、
ひときわ艶に美わしき御容(おんすがた)こそ、
隠れもなき朱雀(すざく)の女御(にょうご)のあでやかさよと、
群妍光を失なう折しも、
先の老人、御池のほとりなる樹立(こだち)の一叢(むら)を通して
このお御姿を垣間見(かいまみ)申してよりこのかた、
あたら、年に似合わぬ恋心の虜となり果て申した。

 口さがなき女官が戯れ言より、
かような風聞を・・ふとお耳にし給い、
女御は殊のほか興深げにお笑い遊ばされたが、
このほど、何としたことやらん、
それがしをお召し遊ばされ、
過ぐる日、我が身に焦がれし老人の、その後如何に成り果つるぞ、
とのお訊ねに、
それがしお答え申上げ、
かような卑賤のことども、
御(おん)耳に入れ奉るさえ戒心致して然るべきことなるに、
今なお、み心にかけさせ給うは、
誠に恐れ多い極みである、
はしたなき女房どもがたわぶれとおん聞き捨て遊ばしますよう、
平頭して奏し参らせたるところ、
恋の心には上下(かみしも)の隔てなく、
年に老少もまたあるまじいことぞ。
彼の老人が叶わぬ思いに身を砕くこそいと、あわれである、
と仰せられ、
しばし、瞑目し給うたが、
.
それそれ、彼の桂の池のほとりなる桂の枝に鼓を掛け、その老人に打たしめよ。
もしその鼓の音鳴りひびいて、我が許に達するならば、
我が身も池のほとりにさまよい出で、
かの老人が目前にこの姿を現わそう。
はやはやその儀取り進めよ、との仰せに、
それがしも打ち驚き、
御たわぶれにもよれ、さような思召し、
何としても合点ができ申しませぬ。
鼓の音(ね)を聞き給うて、御庭先に出で給わねば、
下賎なりとも彼の老人、
あざむかれての悲憤そら恐ろしく、
まつた、池のほとりに御立ちあれば、
やんごとなき御(おん)身にあらぬ風評(うわさ)の立ち初むるこそ、
この上なき曲(まが)事なれ、
と誠を盡くしてお諌め申上げたが、
美わしい容色(かんばせ)には似げない御気性の御(おん)方とて、
いつかなお聴きわけもあらせられず、
重ねて、
その儀取り進めよ、
と果ては御気色さえ変じ、
それがしが面前に、鼓を投げ出させ給うによって、
是非なく御(おん)前を退出して参った。
さてもさても、御女性(ごにょしょう)ながら、
激しきお生れつきの方ではある。

 さるにても、御諚(ごじょう)にてあるほどに、
打ち捨ておくことも叶うまい。
急ぎかの老人を召し寄せ、
女御が仰せを申し聞かせようと存ずる。


 近江の朝人は、そそくさと庭先に出で、
雑(ぞう)仕を召して、然るべき池のほとりに鼓を掛けさせた上、
庭掃の老人を呼びおこさせた。
鞠躬如(きくきゅうじょ)と腰を屈(かが)めるのを見れば、
齢は既に七十路(ななそじ)に近く、
白銀(しろがね)のような頭髪を後ろ手に結び、
深い皺の彫りこまれた額、
両頬は柿渋を塗り重ねたように陽に灼けている。
おずおずと上眼づかいに見上げる眼には、
突然、高臣に召された驚きと恐れが浮び、
痩せた膝の上に置いた拳はわなわなと戦(おのの)いていた。
辛い旅路も早や、その果へ辿り着こうとしているこの老人を見ては、
今更ながら浅間しく、女御のお御言葉を伝えるのがけうとかった。

 一通り、女御の思召しを伝えた上で、
 「斯様な仰せも定めし一時(とき)のお戯れとは存ぜられるが、
役向の手前、是非なく申し聞かしたまでである。
年相応に、よくよく分別して、
濫(みだ)りに騒がしき振舞をしてはなるまじいぞ。」
と、自分一個の見解をつけ加えることを忘れなかった。

 けれども、老いたる庭掃には、
廷臣の忠告も耳に入らなかったらしく、
その、落ち凹んだ小さい眼には、
朝人にもそれと解る悦びの色が浮んだ。
投げ与えた撥(ばち)を握りしめる手は筋ばり、
力を入れるあまりか、ぶるぶると打ち震えた。
それを見て、この上なく興冷めた朝人は、
腹立たしげに老人を立ち去らせ、
もうこんなつまらぬ事には関りあうまい、
と何度も自分に云い訊かせたことであった。

 桂の池にほど近く、鬱蒼たる樹立を廻らして、
勾欄の朱塗も床しく古びた一棟を人々は昼の御座所と稱(よ)んだ。
本殿からは少し離れ、渡り廊下で結ばれている。
かつては橘ノ広庭(ひろえ)が書院として使っていたのを、
朱雀の女御は、物寂びた四辺(あたり)の風致と、
心の奥底に沁みわたる静寂(しじま)のただずまいを殊(こと)のほか愛(め)でたもうて、
わずかな修築の手も加えさせず、
花につけ月につけ、
東かたに池の漣(さざなみ)も望まれるこの一部屋に出向かれることが多かったが、
とりわけ、陽光(ひざし)の漸(ようよ)うきびしくなる夏のあいだは、
陽が宮居の甍(いらか)を超える頃になると、
きまって、この御部屋に移らせ給うたのである。
女御はこの年、おん齢(とし)二十二才になられ、
帝の御寵愛なのめならず、
玉の顔(かんばせ)に浮ぶ悦びの色は帝の一日を明るいものとし、
些細なことに御気色を損じ、
薄墨で引いたような眉を曇らせ、
黒い大きな眸(ひとみ)に憤りの輝く時は、
帝も心を痛められ、廷臣を督して、
速やかにその怒りの源(もと)を訊し取り除くようみ心を砕かれた。

 初夏の空は眩(まばゆ)いほどあかるかった。
いずこともなく木蓮の香りが微風に乗って漂い、
深い樹々の下叢(むら)から陽光の中へ躍り出た二羽の黒揚羽(あげは)が、
池の面(おも)に触れんばかりに、追いつ追われつ戯れているのを、
女御は、見るともなしに見ている。
 外(と)の面(も)があまりに晶(あか)るいので、
ほの暗く思われる部屋内(ぬち)を背に、
池の反射を受けた御(おん)顔は際だって白く、
くっきりと浮き上がったように見える。
黒い蝶のあとを追われる双眸(まなざし)は、
何か一心に思いふけって居られるためであろう、
夕空に輝き出る星屑のような光を宿し、
時々、軒下近く掠め飛ぶ燕(つばくらめ)の蔭にも瞬きひとつなさらなかった。
あたりの静けさにひきかえて、
この時、女御の内心(みこころ)は、
燃えさかる火のように激しい思いで乱れていた。
 つい今し方、したり顔して諌め立てをした近江の朝人を、
いつになく端たない言葉で叱りつけてしまったが、
その折の、胸の激動(さやぎ)がまだおさまらない。
總じてこの頃は、帝のなされ方があまりにお優しいためであろうか、
臣下の身でいながら、
何につけても上(かみ)に言葉を返し奉る者が多いのは、
恐れ多く身の程を知らぬと云うほかはない。
鼓の件についても、
打つ打たぬは何がしの老翁に任せればよいのだ、
その庭掃の翁とやらが、打つというなら打たしたらよいではないか。

(続く)

ワンコの世界にもセクハラ

.20 2018 シニア日記 comment(1) trackback(0)
財務省の福田次官がセクハラ発言で辞任しました。

「おっぱい触っていい?」

「ダメ」

こんな会話でも福田さんはセクハラじゃあないとおっしゃっています。

恐らくあいさつ代わりくらいに思っているのでしょうネ。

ワンコの世界でもセクハラが横行していると、ココは言います。

お尻嗅いでいい?

抱いていい?

キスしていい?

ココはこの件も、ぜひとも「文春」さんに取り上げてもらいたいそうです。

異常です

.17 2018 シニア日記 comment(0) trackback(0)
軽井沢にて。

今年は急に気温が高くなったせいか、こぶしの花がまだ咲き残っているのに

180416-2.jpg

桜が満開になってしまいました。

180416-1.jpg

昨年は連休中が桜の見ごろだったのに、2週間以上早まるとは異常ですね。

アタシの顔も異常です

スマホの検索が音声入力で重宝しています。

.16 2018 シニア日記 comment(0) trackback(0)
ケイタイからスマホに切り替えて1年ほど経ちました。
当初は電話以外は歩数計しか使いませんでしたが、
音声入力で検索が出来ることが分かり大いに重宝しています。

180309スマホ

このマイクをタップして入力画面に変わったら何でも聞きたいことを声を出して言えばよいのです。
文字を指で入力するよりずっと早く、間違いもありません。

テレビに登場する人物(女子アナ、タレント、コメンテーター、政治家、官僚など)も、声を出して名前を読み上げればどんな人かわかります。

もうチョット知的なことを

テレビで紹介されたレストランや観光地も一発で検索できます。
「ここから○○まで」といえば、電車・車・徒歩なでで経路、料金、最寄り駅の電車の出発時間、行先駅の到着時間もわかります。
「天気予報」と言えば、今いる場所の天気や、各地の天気も調べられます。

ともかく、便利な世の中になったものです。

、メールも音声入力出来れば使い勝手が良くなるのに・・・・

ダイソンの吸引力がスゴイ

.05 2018 シニア日記 comment(0) trackback(0)
長年使っていた掃除機を買い換えました。
ダイソンのCY25THサイクロンという型落ち機です。

ダイソン1

吸引力が半端じゃありません。
1年たったら絨毯の毛が全部むしり取られるのではないかと心配です。

昨年8月の買ったときの値段が4万3千円。現在はネット通販で3万6千800円まで下がっています。

このところ、買換えしなければいけないものが次から次へと出て、出費が大変です。

マサカアタシモ?
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